レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜 番外編
命をかけて
written by 柚希実
恋人のリディアが女神の降臨を受けて巫女になってしまってから、二位の騎士である俺が陛下の命によりリディアの護衛を務めている。護衛に就いてからは、ほとんど一日中リディアの側に居る。
当然リディアがソリストとして神殿の講堂で聖歌を歌う時もだ。二位騎士の証である赤いマントを着けて鎧に身を固め、数歩ひいた場所で微塵も動かずに、ひざまずいていなければならない。
だがそれは俺にとって、決して嫌な時間ではない。リディアの琥珀色の長い髪が、窓からの光と戯れながら揺れ、ブラウンの瞳に輝きを添える。柔らかで艶やかな唇から紡ぎ出される歌声はどこまでも透き通り、講堂にいる人々を優しく緩やかに包み込んでいく。誰もが共通して持てる幸せというのは、たぶんこんな状態のことをいうのだろうと思う。
ただ、さっきから、この講堂、出入り口の扉の側に、リディアが作り出す世界の外にいるような顔で、若い男が一人立っているのが俺の視界に入っている。どこかで見たような気がするその目を笑うように細めると、その男は扉の外へと消えていった。
***
「フォース、今日はお客様が居るんだよ」
出番が終わり、リディアをエスコートして講堂裏へ戻ると、背の低いふくよかな体型の女性がにこやかな顔で現れた。名前をマルフィといい、神殿で食事などの世話役をしている人だ。
「ほら、出ておいで」
マルフィさんがドアの影から引きずりだしたそいつは、さっきまで神殿の扉の側に立っていた男だった。どこから出したんだか、薔薇の花束を持っている。緊張に思わず身体を硬くすると、マルフィさんは俺の腕をバシッと手の甲で叩いた。
「やだよ、忘れちゃったのかい?」
そいつは眉を寄せたマルフィさんをなだめるように、まぁまぁ、と押しとどめ、こっちに向き直る。
「僕の顔を覚えていませんか? こうしてお会いするのは初めてですが。観に来てくださったんですよね?」
観に来て、という言葉で、ハッと思い当たった。思わず一歩後ろにいるリディアと顔を合わせる。
「偽者……っ」
リディアが言ってしまってから口を押さえると、そいつは苦笑して肩をすくめた。
「あんまりですねぇ。アレは役ですよ。フェーズとリリア、架空の世界です」
そいつは、どうぞ、と付け足し、手にしていた薔薇の花束をリディアに差し出す。
「あなたの歳の数だけ花束にしてみました。でも十六本ではあなたの美しさには対抗できませんね」
困ったような取って付けた笑顔を浮かべているリディアに、そいつは花束を押しつけるように渡した。
一度、マルフィさんに勧められて大衆演劇を観に行ったことがある。ラブストーリーだと言われていたので退屈を覚悟で行ったのだが、退屈どころの話ではなかった。
舞台上にいる恋人同士の二人は、今俺とリディアがしている格好そのもの、すなわち、二位騎士の証である赤いマントを着けて鎧を着た男と、ソリストの白いロングドレスを着た女性だったのだ。その時の彼ら二人のキスシーンを思い出し、思わず口を手で隠す。
マルフィさんが、焦れたように俺の顔をのぞき込んできた。
「この子はトレイルだよ。二十一歳で劇団を引っ張る大衆演劇のスターさね」
マルフィさんは自慢するようにそっくり返って言う。俺より三つ歳上だ。そういえば、俳優の仕事に命をかけている人だとか言えるほど、マルフィさんはそいつに入れ込んでいた。
「フォースさん、よろしく」
トレイルというそいつは、笑みを浮かべてこちらに右手を差し出した。
「どうも」
俺はあまりよろしくしたくないと思いつつも握手した。その手はリディアにも向けられる。リディアは俺と視線を交わしてから、張り付いた笑顔で怖々手を出した。トレイルは歓喜の表情を見せ、両手を使ってリディアの手を包むように握り、そのまま俺にフニャッとした力の入っていない顔を向けてくる。
「それにしても、女神の護衛だなんて役得ですね。なんてったってリディアさんの側にいられるんですから。一度交換しませんか?」
役得ということでは異論はない。が。交換? って、何をだ? リディアは驚いた顔で、握られていた手を慌てて引っ込めている。
「気付いてくださいよ。リディアさんと、うちの」
「てっ、てめぇバカじゃないのか?」
その意味に思い当たり、意識せずに声が大きくなった。リディアには女神が降臨しているのだ。それなのに護衛を一般人に任せるわけにはいかない。俺が発した言葉に、トレイルは困ったように苦笑すると肩をすくめる。
「やだなぁ。そういう時は付き合いで、冗談でもイイよって言うのが筋じゃないですか」
「筋なんて無い。この仕事に冗談が通じるかっ」
吐き捨てるように言った俺の腕を、マルフィさんはまたバシッと叩いた。さすがに二度も同じ所を叩かれると痛い。
「フォース、なんだい、妬いたりして」
「は? 違うっ、俺は」
マルフィさんの言葉に驚き、なんとか弁明しようとした俺の肩に、後ろからポンと手が乗る。振り返ると、そこには神官のグレイがいた。グレイは赤く光るシルバーの瞳を、俺からマルフィさんへと向ける。
「お客様ですね? マルフィさん、裏に通して差し上げてください。あとからすぐ行きますので」
グレイは、いつものように笑みをたたえた顔で、応接室兼食堂へと続く廊下に手を向けて指し示すと、マルフィさんとトレイルが廊下に入るのを手を振って見送った。グレイが首をいくらか傾けたせいで、後ろにまとめた長い銀髪が揺れる。彼らが見えなくなったところで、グレイは色白の顔をリディアへ向けた。
「大変なのは分かる。分かるけど客だ。なんとか適当に応対して帰してくれ」
真顔のグレイに、リディアはうなずいている。俺は顔をしかめた。言い方は丁寧だが、こんな時の神官の言葉は、ほとんど命令と同じだ。グレイは昔からの友人だが、逆らうわけにもいかない。
「でさ、わざわざ恋人だと主張するようなことは、間違っても言うなよ。フォースとリディアが恋人同士だってことは、マルフィさんがバラしているだろうけど」
「了解」
俺が半端な敬礼を返すと、グレイは涼しげな微笑みを見せた。
「後ろで見てるから」
その言葉に訝しげな表情を向けた俺に、グレイは、余計なことは言うな、と人差し指を突きつけて付け足し、トレイルの待つ部屋へと足を向けた俺たちの後からついてきた。
***
応接室兼食堂へ入ってすぐの場所にあるソファには、ティオという全身緑色の妖精が寝転がっていびきを立てていた。たいていは子供の姿なのだが、今は顔だけが少し元々の姿に近く、耳が異様に尖り、口が裂けていて牙がはみ出している。
トレイルは、ティオが怖かったのか食卓テーブルについていた。側にマルフィさんが立っている。そっちでいいのかと思いつつ側へ行くと、トレイルは立ち上がって振り返り、俺とリディアを迎えた。
「お会いできて光栄です」
そう言って礼儀正しく挨拶をしたが、こいつが何をしに来たかを考えると、やはり演劇のネタ探ししか思いつかない。俺は、こいつをどうやって帰そうかと思惑を巡らせながら、無言でしっかりと敬礼した。
会釈を返したリディアは、神殿に飾ってください、とマルフィさんに薔薇の花束を渡した。神殿にですか、と寂しげにつぶやいたトレイルに、じゃあ頑張ってね、と上機嫌な声をかけ、マルフィさんは元来た廊下へと戻っていく。
「どうぞお座りください」
リディアの声に苦笑を浮かべると、トレイルは椅子に腰掛けた。リディアはその向かい側に座り、俺は護衛の体勢をとってリディアの横に立つ。トレイルは俺の顔色をうかがうようにのぞき込んできた。
「あの。フォースさん? あなたにもお話を伺いたいんですが」
「どうぞ」
「いえ、そこにそうして立っていられると凄い威圧感が。とてもそういう雰囲気じゃあ」
そう言われると、このまま立っていたいと思う。だが、サッサと話を終わらせたいのもあり、俺はリディアの横の席に着いた。トレイルはホッとしたのか表情を緩ませ、リディアに顔を向ける。
「お二人は随分前からお知り合いだったとか」
「父親同士、付き合いがありますので」
「あなたたちも?」
「ええ。それなりに」
リディアは少し首をかしげながら微笑み、丁寧に返事をしていく。
「普段からずっと一緒だなんて、嫌になったりしませんか?」
「いいえ。初めて会った方なら緊張でそう思うかもしれませんが」
「好きだから」
「ええ、信頼できる人ですから」
俺が、なんだそりゃ、と思った言いようにも、リディアは微笑を浮かべたまま、こともなげに返している。部屋の隅にいるグレイと目が合うと、グレイは顔の右半分だけに笑みを浮かべて見せた。トレイルは俺のよそ見を気にせず言葉をつなぐ。
「僕はリディアさんの歌のファンなんですよ。時間が空く限り、聞かせていただきに神殿に通っています」
「ありがとうございます」
丁寧にお辞儀をして、ゆっくり頭を上げたリディアの表情をのぞき込むように、トレイルは顔を寄せた。
「いやもう、聖歌もあなたの歌声で意味が変わります。まるで恋の歌を聴いているように胸が高鳴ってしまう」
「え? どうしましょう。どうしたらそのままの意味で、あなたに伝えられるでしょうか」
眉を寄せ、真剣な瞳で聞いたリディアに、トレイルは苦笑を浮かべて両手を振って見せる。
「いえ、そうではなくて。私はあなたが好きだから」
「は? 私の歌ではなくて、私をなんですか?」
うなずくトレイルを見て、リディアは寂しそうに瞳を伏せた。
「そうなんですか……」
「あ、も、もちろん歌声も好きですよ?」
慌てて付け足された言葉に、リディアはほんの少し苦笑する。
「私はソリスト見習です。歌がすべてですから」
そう言うと、リディアは小さくため息をついた。トレイルは俺をチラッと見てから、リディアに視線を戻す。
「あなたの柔らかな声、透き通った瞳、艶やかな髪、豊かな胸、細く長い指。そして思い出しただけで陶酔してしまう抱き締めた時の肌の感触、キスで伝わる心臓の鼓動。命をかけてあなたをお守りしましょう」
呆気にとられて聞いていて、振り返って俺を見たリディアの不安げな視線でハッと我に返る。
「あ、あんた何言って」
うろたえている俺に、トレイルが思い切り顔をほころばせた。
「劇中のセリフですよ。そっか。こういうセリフ、言わないんですね?」
「誰がですか?」
「やだなぁ、フォースさんがですよ」
ブッと吹き出して、俺は口を隠した。そんなセリフは、台本があっても読むことさえ無理だと思う。立ったまま見下ろしていればよかったと思う俺の気持ちなど意に介せず、トレイルは言葉をつなぐ。
「じゃあ、どうやってリディアさんを口説いたんです?」
どうやってと言われても、そんな痒くなりそうなセリフを口にした記憶なんて無い。返答に窮していると、トレイルは手のひらを拳でポンと叩く。
「あ、覚えてない? 無意識に言えちゃう? いいですねぇ、そういうの」
「む、無意識? って、そうじゃなくてっ」
声がひっくり返りそうになり、俺は口をつぐんだ。恋人同士だと言うことは禁じられている。どうやって口説いたじゃなくて、口説いていないと言わなくてはならない。俺は気を落ち着かせるため、なるべく静かに深呼吸をした。それがトレイルにはため息のように聞こえたらしい。笑みが優しくなった気がしてゾッとする。
「あなたがたが、なぜ騒がれているか知っていますか?」
そう言うと、トレイルは笑みを浮かべたまま、俺とリディアの顔を交互に見た。俺は顔を歪めてトレイルに視線を返す。
「あなたが演じているからでしょう。できれば噂も全部引き受けて欲しいところですが」
「まぁ、半分はそうかもしれませんけどね。やはり噂は火のあるところから立つものですよ」
その言葉に、俺は思わずリディアと顔を見合わせ、それからトレイルに向き直る。
「俺たちは、なにも」
「いいですか? フォースさんは二位の騎士で独身、リディアさんは女神の降臨を受けている巫女、それだけで元々存在が火なんです」
反論しようとして、何一つ言葉が出なかった。グレイは腹に手を当てて必死に笑いを堪えているようだ。トレイルは人差し指を立ててニッコリ笑う。
「ね? 噂を避けようというのは無茶な話でしょう? だったら僕に任せてくださいよ。演じることで、世間の目の半分を引き受けますから」
「逆にこっちが巻き添え食っているような気がするんだけど」
顔をしかめた俺に、トレイルは目を丸くしてみせる。
「あれ? 言ったでしょう? あなたがたが火なんですって」
「いや、そういうことでは」
「色々教えてくださいよ」
トレイルが言った言葉に、ハッとして口を押さえたリディアと視線を交わし、俺は深くため息をついた。何でもかんでもネタにされ、大衆の面前で演じられるなんて冗談にもならない。
「だから好きにするといい。架空の世界なんでしょう? 事実がどうであろうと知る必要すらない」
「そんなこと言わずに。知られても支障のない些細なことでもいいんです」
どんなことでも、と食い下がってくるトレイルに、俺は首を横に振ってみせた。トレイルの後ろの廊下から、マルフィさんが俺に向かって手招きをしているのが目に入る。俺は、さらに何か言いかけたトレイルを遮り、ちょっと失礼します、と言いがてら、扉の前にいる騎士にコイツを見張っていろとばかりに視線を送った。意志が通じたのか、片目をつむった騎士の敬礼を見て、テーブルを後にする。
「なんだか可愛いですね、彼。単純というかなんというか」
歩き出したとたんに、トレイルの幾分低くした声が背中に聞こえた。思わず顔が引きつったが、無視して歩を進める。
「とても安心できる人でしょう?」
トレイルは、リディアの返答に平たい笑い声をたてている。
「でも不器用ですねぇ。もっとうまく立ち回れる人なら、あなたも楽でしょうに」
「私、彼がそういう人だから信頼できるんです」
どうでもいいけど、全部聞こえるだろうが。それとも聞こえるように言っているのか。それでもリディアが返してくれる返事に、気持ちが安らぐ。後ろを向いて壁を叩かんばかりに笑っているグレイを横目で見ながら通り過ぎ、俺は廊下へと入った。
廊下に立っていたマルフィさんの側まで行くと、マルフィさんは俺の耳に口を寄せる。
「なにか、教えてあげてくれないかい?」
なんとなくその言葉を予測していただけに、深いため息が出た。
「これ以上話が大きくなるのも。勝手にやってくれる分には、かまわないんだけど」
「勝手にやっていいのかい?」
「えっ?!」
あること無いこと演じられるのもマズいような気がして、思わずまじまじとマルフィさんの顔を見た。でも、事実だろうがそうでなかろうが、結局俺とリディアをネタにするのをやめないのなら同じことだ。
「マルフィさんが知っていることくらいなら、彼に教えてあげていいよ」
マルフィさんの一生懸命な目を見ていて、その演劇をチラッと見て帰った日、気持ちが落ち着いてからリディアが言っていた言葉を思いだした。そう、確か、周りの人たちは楽しそうだった、と。
神殿の人々の幸せそうな雰囲気とはまた違うが、演劇で作り出す世界も、リディアが聖歌で作り出す世界と、共通する部分があるのかもしれない。リディアは最初からそれを感じ取っていて、信者や観客を包み込む側として理解し、大切に思っているのだろう。トレイルの仕事も、命をかけて、と言えるだけのモノなのだ。
やり方は違っても、目指すところはリディアもトレイルも同じ。だとしたら俺の対応も自ずと決まる。
マルフィさんは考え込み、困ったような顔をして、俺を見上げてきた。
「だけどねぇ? 知っていることは全部話しちゃったからねぇ」
でも、コレは話が別だ。そこまで協力する気はない。俺は、悪いけど、と苦笑して肩をすくめた。
部屋の方からリディアが廊下へ入ってくる。マルフィさんも、俺の視線につられてそちらを向いた。
「リディアちゃん、どうしたんだい?」
マルフィさんに聞かれ、リディアは笑顔を見せる。
「トレイルさんにお茶を淹れなくちゃと思って」
「あらヤダ、忘れてたよ。私が持っていくから、部屋に戻っておいで」
そう言うと、マルフィさんは慌てて奥の厨房へと小走りに駈け込んでいった。それを見送り、リディアは俺に向き直って心配そうに見上げてくる
「トレイルさんみたいな人は苦手なのね。大丈夫?」
「ゴメン。でもたぶんもう平気だよ」
軽く頭を下げて苦笑した俺の顔をうかがうように見上げ、リディアは本当に表情を読んだのか安心したように頬を緩める。俺はその笑顔を抱きしめ、よかったと動きかけた唇に口づけた。リディアはいつものように恥ずかしそうに目を伏せてから、柔らかな笑みを俺に向ける。
この微笑みを守るためなら、俺はどんなことだってしようと思う。仕事じゃなくても交換なんかしてたまるかと、思わず心の中で舌を出した。
部屋へと向かって歩き出すと、グレイとトレイルが話す声が聞こえてきた。近づくにつれ、会話がハッキリしてくる。
「おかげさまで、彼らの様子はじっくり観察させていただいてます」
「なにか見えましたか」
「ええ。面白いですねぇ。仕草や言葉が似てくるんでしょうか。は? って驚いた時の声の出し方とか目の見開き方がそっくりで」
俺はリディアと顔を見合わせ、部屋へ出る一歩手前で足を止めて、なんの話をしているのかと二人で聞き耳を立てた。
「あぁ、言われてみれば。ちょっとした癖がお互い伝染していますかね」
グレイの声が、妙に楽しそうに聞こえる。
「それと、リディアさん、答えに困ったらアイコンタクトを求めるんです。色っぽいですねぇ。リディアさんにあんな風に頼られてみたいですよ。でも、エピソードとしては弱いんですよね」
ハッとしたように俺を見たリディアに視線を向けると、リディアは恥ずかしそうにうつむいて上気した頬を両手で覆う。
「実際にあったことをネタにするのではなく、派手に演じた方が、視点が全部そちらに行きますので、お互いにベストではないですか?」
「でも、分かるでしょう? いまさらなんです。相乗効果を狙って半分現実で売っていましたからねぇ」
「確かに相乗効果は抜群ですよ。寄付が増えているくらいですから」
「だから会わせていただけたんでしょう?」
「いいえぇ、そんなことは全然ないですよ」
グレイとトレイルは、二人でコソコソ笑っている。
トレイルはマルフィさんに呼ばれたものだとばかり思っていたのだが、実はグレイだったらしい。ムッとして部屋へ入ろうとした俺の腕を取り、ケンカは駄目、とリディアが止める。
「まぁ、別に恋人同士だと騒がれようと事実ですし、女神に降臨さえ解かれなければ問題ないわけですしね」
言うなと禁じていた事実をあっさりと口にしたグレイに耐えられず、俺は、呆気にとられているリディアを連れて部屋へと入った。グレイが顔色を変え、控え目な声で言葉をつなぐ。
「あ、ただ、彼らを刺激するようなことは……」
「グレイ、お前が仕組んだのか」
顔を突き合わせようとする俺に、グレイは両手の平を俺に向け、横に振りながら距離をとる。
「いやいや、仕組んだなんて人聞きの悪い」
俺が視線を据えて睨みつけると、グレイは冷えた笑い声をたてた。そして何か思いついたようにポンと手を叩き、一瞬前のことをすっかり忘れたように態度を変えて、俺の肩に手を乗せる。
「そうそう、恋人同士だと言うなって禁じたのに、態度でバレバレだ。言葉で言わない意味がなかったよ」
「そうやって禁じておけば、自分が仕組んだことがバレないと思ったんだろう」
俺のツッコミに、グレイはギクッと身体を引きつらせて背を向け、肩をすくめた。それを見ていたトレイルは、ほぉ? と目を大きくする。
「あれ? そういう策略方面にはスルドイんですねぇ?」
その言葉を睨み返すと、トレイルは口を押さえて黙り込んだ。グレイは、悪かった、と繰り返しながら俺に向き直る。
「いや、バレないと思ったのもあったけど。もうちょっと意味があったんだよね」
「意味だ?」
「フォースがこれでキレたら面白いかなと思って」
乾いた笑い声を発しているグレイを見て、俺はため息をつきながら片手で顔の半分を覆った。あまりのバカバカしさに言葉も出ない。
頬を膨らませて怒った顔をグレイに見せてから、リディアは俺を不安げな表情で見上げてきた。俺が苦笑を返すと、怒る気がないのを分かってくれたのか、それとも反撃とばかりに見せつけるためか、リディアは優しい笑みを見せて首に手を回し、頬にキスをくれる。俺はリディアとそのまま見つめ合い、微笑みを交わした。
「じゃあ、僕はこれで……」
トレイルは、力の抜けた笑みを浮かべ、外へと続く扉に向かう。
「もし、何か教えていただけるようなことがあったら是非。待ってますので」
戸の隣に立ち、トレイルは俺に言葉を向けた。冗談抜きでたいした根性だと思う。俺はトレイルに敬礼した。
「頑張ってください」
俺がトレイルに向けた言葉に、グレイは狐につままれたような、それでいて半分微笑んでいるような顔をしている。
「はいっ。命をかけてっ」
トレイルは嬉しそうに微笑むと、俺とそっくりな敬礼を残して神殿を後にした。
***
後日、トレイルの演劇に悪徳神官クレイが登場したとの報告を受けた。思い切り笑ってやろうと思ったのだが、グレイはどういうわけか満面の笑みを浮かべて喜んでいた。
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本編情報 |
作品名 |
レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
|
作者名 |
柚希実
|
掲載サイト |
Fayerie
|
注意事項 |
年齢制限なし
/
性別注意事項なし
/
暴力表現あり
/
連載中
|
紹介 |
二位騎士のフォースは、恋人であるソリスト見習いのリディアと、一緒に暮らす約束をする。だがその直後、リディアは女神の降臨を受けて巫女になってしまう。身動きのとれない状況で将来を模索する二人に、さらに大きな障害が。運命に翻弄されながら想いを貫こうとする二人の物語です。 |