レイシャルメモリー後刻

― 手放して得た幸せ ―

 数ヶ月前、俺は彼らの結婚式用に大きな布を特注した。
 メナウルの結婚式では、大きな白い布を新郎新婦にかぶせる、なんてコトをする。新しい一つの家庭という範囲の象徴という意味があり、たいてい中でキスしているらしい。その時に使うモノだ。
 そう、特別注文だ。普通なら白い木綿の布を使うのだが、注文したのは向こう側が透けて見えるくらい薄い絹織物なのだから。
 宝飾の鎧に身を固めた俺の友人は、広げられたその布を観て呆気にとられ、横で可笑しそうに笑う恋人に腕を引っ張られている。あぁ、恋人じゃないか。彼らはもう夫婦になったのだから。
 透き通った布をかぶせられた彼らは、なんのことはない、普通に抱擁してキスをかわしている。いや、そうするだろうと思ったから、こんなイタズラができたのだけれど。
 彼らのキスに、自然と頬が緩む。俺の隣からもクスクスと楽しげな笑い声が聞こえた。透き通った布にしようと共謀した女性だ。
「綺麗ですね」
「ああ」
 たぶん彼女は花嫁のことを言ったのだろう。だが、俺が綺麗だと思ったのは、頬を上気させて壇上にいる二人を見つめている彼女の方だ。
「神職に就くって、正式に届けを出したんだね」
「はい。帰ってすぐに洗礼を受けます」
 そう言いながら、彼女は少し困ったような顔をする。それは俺を振った罪悪感なのだろうか。
「おめでとう」
 その言葉に、彼女は俺を振り向いた。
「ありがとうございます」
 微笑んで頭を下げる。その時、彼女は小さく、ごめんなさい、と付け加えた。
 謝られる筋合いはない。でも、彼女がそれで幸せなら、きっとその方がいいんだろう。
「きちんと断ってくれて、感謝してるんだ」
 それは嘘ではない。国を引き継がなくてはならないという義務感に縛られ、恋愛感情など持てずに一生を終えるのだと思っていた。そのこごった気持ちを揺り動かし、溶かしてくれたのは彼女だ。そして、ここからまた始まるのだと教えてくれたのも彼女なのだから。
「でも。少しの間でしたけど、サーディ様のそばにいられて幸せでした。会えなかったら私、ずっと嫌な女だったと思います」
「でも俺は、フォースに対して一生懸命なのが可愛いと思ったんだ。嫌だなんて思わなかった」
 俺の言葉に、彼女は頬を赤くして壇上に視線を戻した。たくさん灯された明かりを反射して、宝飾の鎧が花嫁のドレスを美しく輝かせている。
 神官が式の終わりを告げ、ワアッと歓声が上がった。参列者がそれぞれ手にしていた花を、真ん中の通路を通っていく二人に投げる。それを集めて花嫁に手渡せば、神殿の外に出られるってわけだ。
 この式が終われば、彼女とはお別れだ。きっともう会うこともないだろう。そう思いながら、俺も手にしていた花を投げた。
 その花は弧を描いて宝飾の鎧の足元に落ちた。その手が花を拾い上げ、花嫁を連れたまますぐ側まで来る。
「この布、サーディの時まで大切にとっておいてやるよ」
 俺が結婚するなんて、そんな時が来るんだろうか。
 いや、来るかもしれない。俺でも人を愛せる。それが分かったのだから。
「バカ言え。新しいの寄こせよ」
 その言葉の意味が分かったのだろう、フォースは可笑しそうに笑うと、花を花嫁に手渡した。



瀬生曲さまにいただいたリクエスト(誤字脱字キャンペーン)の品です。
リクエスト、ありがとうございました。m(_ _)m