レイシャルメモリー後刻

― 以心伝心愛情愛護 ―

 ジェイストークは、フォースの筆跡で出されている書類をまじまじと見つめていた。イージスの隊に所属していたオルニという兵士が、父ペスターデの元へと移動になっている。その弟のノルドもだ。
「この移動は何です?」
「オルニの挙動がおかしいと気になさっていたようです」
 明らかに暗い表情を見せたイージスから、そう返事があった。
「レイクス様が? それだけで移動を?」
「いえ、オルニがノルドと共に、リディア様を城外に連れ出そうとてまして」
「なんだと?」
 アルトスが声を荒げる。その声にジェイストークは肩をすくめて苦笑した。だが皇太子妃を城外に連れ出そうなど重罪だ。ジェイストークも黙ってはいられなかった。
「移動の他に処分は」
「城の出入りが禁止にはなりましたが。あとはペスターデ殿が自主的に一番高度のある場所で使っているだけです」
 イージスの言葉に、ジェイストークはアルトスと顔を見合わせる。
「詳しい報告を」
 アルトスの発した低い声に、イージスは頬を緩ませ、はい、と力を込めてうなずいた。

   ***

 平地は暖かだが、ディーヴァの山を北へ向かって中腹まで登れば、結構な寒さだ。
「イージスも納得できていなかったんだな」
 重たいローブを着込んで研究所への山道を登りながら、ジェイストークは独り言のようにつぶやいた。
「当たり前だ、ぬる過ぎる」
 即座に帰ってきたアルトスの返事に、ジェイストークは笑みを浮かべた。何の話しなのか、言うまでもなく通じたようだ。
 そして、ジェイストークも同じ思いを持っていた。当然このままで済ますわけにはいかない。オルニにもノルドにも、それなりのいを受けさせなくてはと思う。
「それにしても妙だ」
 返事の代わりに振り返ると、アルトスは眉間にしわを寄せていた。
「レイクスのことだ、もっと怒ってもよさそうだが」
「その場にリディア様がいらしたのだろう」
「後から指示を出さなかったのは?」
 坂道を登る足を完全に止め、後ろにいるアルトスと向き合う。疑わしげな視線に、ジェイストークもハッキリと返事はできそうにない。
「リディア様に筒抜け、だからかな?」
 ジェイストークがアルトスから目をそらしたそこに、馬をいだ小屋が見えた。そしてその向こう側には、森に囲まれたラジェスの街がある。少しでも気温の低い環境を手に入れるために、ペスターデの研究所はラジェスから山をまっすぐ北へと登った先に作られているのだ。その視線の端を、アルトスが追い抜いていく。
「ならば、捕まえたのがリディア様に無礼を働く前だったのかもしれん」
「打ち解けて過ごされたということか!」
 ジェイストークはそう返しながら、すぐにアルトスの後に続いた。
「それだよアルトス。処分することでリディア様に罪悪感を持たれるようではいけないし、ソーンの知り合いという考えもあったかもしれない」
 その言葉に振り向いたアルトスに、ジェイストークは軽くうなずいて口を開く。
「分かってるよ。リディア様には気付かれないようにコトを進めよう」
 アルトスはわずかに笑みを浮かべると、前を向いてまた山道を進み始めた。
 坂を登るのはキツいが、を上げるほどの距離はない。最初から研究所の近くまで馬を通せるように道を整えてあるからだ。
 その点、ジェイストークはフォースに感謝していた。北から運んできた植物を、簡単に山の上まで運ぶことができる。行き来が容易な分だけ、父ペスターデも余計なことに気をとられずに研究を始められた。しかも、研究所は大きくはないが、しっかりした石造りなのだ。暖炉がある広間と、五、六人が寝泊まりできる部屋もある。普段は温かく過ごせるようになっていた。
 研究所を用意する他にも、フォースは余った騎士や兵士の労力を、道の整備やメナウルへの水道の建設などに、上手く振り分けて使っている。
 特に、騎士を要して主要道路の両脇に背の低い作物を植える畑を作る、というには驚いた。
 騎士が農作業をしていることで、増え始めていた盗賊による被害が少なくなったのだ。膝丈あるかないかの作物では、陰に隠れることもできない。馬車を襲おうと、騎士を避けながら畑のさらに裏側に隠れていても、馬車は盗賊の姿が見えた時点で取って返すか、速度を上げて突っ切ることができる。追いかけてきたとしても、作業をしている騎士は目に付きやすく、助けを求めることも容易なのだ。
 おかげで盗賊の出現率が格段に減っている上、逆に収穫は増えそうだ。しかも通行する馬車や人間の滞在が増え、それと共に様々な情報も多くなり、確実に街が大きくなりつつある。
 開墾から作物の育成まで、現役の騎士が文句も言わずに働いているのが、おかしくもあるが、納得もできる。農作業は持ち回りだが、そこを気に入って専任になっている騎士すらいた。
 国の鎧を着たまま、楽しげに開墾や農作業をしている騎士たちが目に浮かび、ジェイストークは思わずノドの奥で笑い声を立てた。疑わしげにアルトスが振り返る。
「ああ、いや、何でもないんだ」
 慌てて両手のひらを向けて振ると、アルトスはわずかに笑みを浮かべた。
「おかしな奴だ」
 そう言ってまた前を向いたが、ジェイストークには、笑みを見せたアルトスこそがおかしいと思う。
「アルトスこそ。何かあったのか?」
 今度は振り向かなかった。ただ、肩の動きで少し大きな息をついたのが分かる。
「結婚した」
 思わず足が止まる。
「変わったのはそれだけだ」
 いつもと変わらぬ口調に、喜びが笑いになってこみ上げてきた。
「そうなのか! いや、おめでとう!」
 ジェイストークは笑い声を押し隠さず、まっすぐ口に出した。
「ってことは、完治したと彼女から連絡があったのか?」
 アルトスにはクロフォード陛下の命による婚約者がいた。ただ、病にかかったとのことで結婚は延期になっていたのだ。
 ジェイストークは前を歩くアルトスの横に並んだ。見えてきた研究所から目をそらさず、アルトスが口を開く。
「いや。結婚することがすべての許容に感じた、と」
 なんのことかと顔をのぞき込んだジェイストークに、アルトスはわずかな笑みを浮かべた。
「リディア様が、そうおっしゃっていた」
「なるほど、目に見える許容の形、というわけか」
 その言葉にアルトスがうなずく。病が完治したから結婚したのではないらしい。だがジェイストークは、マクラーンに戻るたびにアルトスが彼女の所へ顔を出しているのは知っていた。彼女にとってこの結婚は、本当に許容だったのかもしれないと思う。
「マクラーンにいらしたら、会っていただこうと思っているのだが。ご訪問の予定を遅らせているのは何か理由が?」
 アルトスが眉を寄せた顔をジェイストークに向けてくる。
「最近、リディア様に疲れが出ていらっしゃるようなんだ。レイクス様も自室で執務されていることが多い」
「タスリル殿にお任せすればいいものを」
 ため息混じりのアルトスの言葉に、ジェイストークはどこか違和感を覚えた。
 確かにタスリルに任せておけば間違いないのだし、普通ならフォースに執務室で仕事をさせると思う。だがタスリルもそれを止めることもなく、静観しているのだ。
 考え込んだジェイストークに気付いたのだろう、アルトスが言葉を向けてくる。
「まさか何か悪い病に」
 その言葉にジェイストークは違うと思った。悲壮感はない。むしろ逆だ。
「いや、もしかして……」
 自然と頬が緩む。その表情を見逃さなかったのだろう、アルトスが目を見開いた。
「ご懐妊か?!」
「有り得る」
 リディアの外見には変わりはない。だが、タスリルのことだから、腹の中の子供が動く前に分かるのかもしれないと思う。
「レイクスかリディア様が何かおっしゃるまでは、黙っていた方がいいな」
「ああ」
 ジェイストークはそう返事をしながらも、すぐそこに迫ってきた研究所にいる父ペスターデにさえ話したくて仕方がないことに気付いた。
「アルトス?」
 呼びかけると、ん? と、アルトスがこちらを向く。
「オルニには楽園への土産に教えてやった方がいいんじゃないか?」
 まだリディアに会いたいと言っているらしいオルニが、どんな反応を返すかと思うと、非常に興味深い。アルトスは短く息で笑った。
「あきらめさせるには、いい手かもしれんな」
 二人で笑みを浮かべながら、研究所の扉を開ける。そこではペスターデが、ちょうど食事を取っていた。
「やっと来たか」
「父さん?」
「オルニとノルドのことだろう」
 奥を指し示したその不機嫌そうな目に、ジェイストークは思わず微笑んだ。
「そうです。彼らは楽園に移送します」
「楽園?」
 ええ、とジェイストークは力強くうなずいた。
拘束する」
 アルトスは足を止めることなく、奥の部屋へと足を進めていった。

   ***

 山を下りてから一行が乗り込んだ馬車は、ルジェナに向けて進んでいた。その馬車には、罪人を乗せるための工夫がされている。少しだけ車体が長く、細かい鉄格子で後ろ半分を仕切ってあるのだ。
 今はそこに、後ろ手に縛ったオルニとノルドが入っていた。オルニは床にあぐらをかいて不機嫌そうな顔を横に向け、ノルドは眠っているらしく寝そべっている。こちら側には一緒にアルトスが乗り込んでいるが、見張るまでもなく視線は外に向いていた。
「どうしてもリディア様から引き離したいんだな」
 オルニの言葉を聞いて、ジェイストークは短く息をついた。
「引き離すもなにも、勝手にへばりつこうとしているだけだろう」
「リディア様は俺を捨てたりなさらないはずだ」
「覚えてもおられないだろうに、捨てるも捨てないもない」
「何をバカなことを」
 ジェイストークは、バカはどっちだ、と思う。確かにこの状態で放っておいたら、何度でもリディアを拉致しようとするかもしれない。こんな輩はサッサと処分してしまうに限ると思う。
「相手にするな」
 相変わらず外を見ているアルトスが、そう言葉にした。ジェイストークが努めて無視しようと目を閉じると、オルニはますます声を大きくする。
「それは反論しているうちに尻尾が出るからだろう。あんたたちこそ罪人だ。レイクスの立場を守ろうとするばっかりに、リディア様に一生辛い思いを押しつけるなんて。女は金があれば幸せってわけじゃないんだぞ。リディア様にはリディア様の幸せがあるってのに、どうしてそれを追求」
「やかましい!」
 アルトスの声に、オルニは一瞬固まった。
「リディア様の名を口にするな。汚れる」
 相手にするなと言ったのはアルトスだが、どうも我慢しきれなかったらしい。アルトスの怖さを知らないのだろう、オルニはニヤッと顔を歪ませて笑った。
「リディア様は俺のモノだ。リディア様リディア様リディア様、リディアリディアリディア……」
 ガシャっとアルトスのの音がした。ジェイストークが目を開けると、アルトスが立ち上がっている。目を合わせてきたアルトスに苦笑を向けると、アルトスは白く長い布を手にした。その間も、オルニはリディアの名を連呼している。
「やるのか?」
 ジェイストークの問いに、アルトスはうなずいた。しゃっくりをするように息を吸い、オルニの顔が青くなる。
「てっ、てめぇ、何をする気だ!」
 アルトスは身体をかがめて鉄格子の扉をくぐり、震える声を気にもせずにオルニに近づく。
「楽園への土産をやる」
「楽園? 土産?」
 アルトスはオルニの髪をつかんで上を向かせた。
「なにしやが、むぐ」
 オルニの口に布をかませ、頭の後ろに縛り付ける。布が大きいせいか、口に入りきらなかった布が、鼻の下からあごまでっていた。まだ何かしゃべっているらしいが、その声は言葉にならず、布の隙間から細くれるだけになっている。
 この場で始末するのかという意味で、やるのかと聞いたつもりだったが、アルトスは猿ぐつわを噛ませただけだった。確かに、殺されるよりもフォースとリディアの仲を見せつけられる方が、今のオルニには辛いことなのかもしれないとジェイストークは思った。
 アルトスは馬車の窓から顔を出し、御者の方を向く。
「正門からルジェナ城へ」
 はい、と返事が聞こえ、馬車は街を左に曲がった。

   ***

「どうしてこんな馬車をここに」
 前庭まで入れた馬車に近づいてきたのは、庭に散歩に出ているリディアの護衛、イージスだ。
「オルニとノルドが乗っている」
 アルトスが不審げなイージスにそれだけを伝えた。イージスは、はい、と笑みを見せ、前輪を確かめる振りをしている御者に目をやってから離れていく。名前を出しただけで、すべて通じたようだ。
「点検したら、すぐに出るそうです」
 イージスがフォースと一緒にいるリディアに、そう伝えている。フォースは何の馬車か察しているらしく、わざわざリディアと一緒に側に来て、馬のいる前方へと歩いていった。
「鳥を見に行かれますか?」
 イージスが、そう話を切り出すのが聞こえる。いいえ、とリディアの声がした。
「ありがとう。でもしばらくはやめておくわ。たくさん歩くかもしれないし、馬車に乗ったりしたら、おなかの赤ちゃんが驚いちゃうもの」
 思わずオルニの顔を見ると、よほど驚いたのか、猿ぐつわの上下から口が見えるほど大口を開けていた。
「そういえばあの時、俺の部屋に来てくれてよかったよ」
「あの時?」
「リディアが鳥を見に行くって誘われて」
「あ。あの、なんとかって人?」
 そうそう、とフォースが返事をする。
「だって、一人だとつまらないでしょう? フォースがいてくれないと」
 その言葉に、アルトスがオルニに視線を向けた。
「お前は数のうちに入らないらしいな」
 オルニは、一瞬目を丸くすると暴れ出した。アルトスは後ろからしっかり抱え込み、オルニの口をふさいでいる。
「疲れないか?」
「大丈夫よ」
 二人の声が馬車の横を通り、城へと向かっていく。
「疲れたら言えよ。抱っこしてやるから」
「ええ」
 アルトスは、ムームー言いながら暴れているオルニの顔を、馬車の窓に向けた。腕を組んだフォースとリディアが、顔を寄せるのが見える。
 いくら暴れたところで、アルトスの腕から逃げることはできないし、二人がキスをやめるなんてこともない。
 オルニは目をつぶったような気がするが、まだそれほど離れていないせいか、チュッとキスをする音が聞こえた。
「そろそろ戻ろうか」
「もう少しいたいわ。赤ちゃんがいても普通に過ごした方がいいって、タスリルさんが言ってたの。無理は駄目だけどって」
「じゃあ」
 フォースに不意に抱き上げられ、リディアが、きゃ、と声を上げた。リディアは楽しそうに笑い声を立てる。
「フォース、私まだ疲れてないわよ?」
「予防だよ」
「これだと散歩じゃないわね。でも、嬉しい」
「それなら、このままどこまでも」
 リディアがキスをせがみ、応えるフォースを見ているうち、縮んでいるのではないかと思うほど、オルニが背を丸めて小さくなっていった。アルトスの腕が解かれても、シュンとしたまま動かない。
「いつまでも抱いていて。フォースがお爺さんになっても」
「了解。年寄りになったらえてでも」
「お墓に入る時もよ?」
「当然。骨になっても離さない」
「誰のお墓だか分からなくなって発掘されちゃったら?」
「ええ? ……、そうだな、二人を引き離したら呪ってやるとか。遺言を一緒に入れておこう」
「それ、いいわね。タスリルさんに相談してみようかしら」
「俺の怨念は自前ので足りるよ」
 そしてまた笑い声が聞こえる。オルニは死んだようになっているが、ジェイストークにとって仲むつまじい二人の姿は、自分自身の幸せにも思えた。
 フォースとリディアが城内に入っていくのを見て、アルトスが窓から顔を出す。
「ラジェス港へ行ってくれ」
 肩を落としたオルニは黙ったまま鉄格子の中に戻り、それから一言も話さなかった。

   ***

「黙っていても処分してくれると思ってたよ」
 フォースはソファに座ったまま、苦笑を浮かべてジェイストークを見上げた。オルニとノルドに処罰を与えたと伝えた返事がこれだ。リディアが休んだ後のフォースの寝室には、他にアルトスが残っていた。
 二人の仲むつまじい姿に落ち込んでいくオルニを思い出し、ジェイストークはフォースに笑みを向けた。
「サッサと思う通りになさればよろしかったですのに」
「その場で極刑にしてしまいそうだったから、任せようと思ったんだ」
「極刑でかまわん」
 あそこまでやっておいて、アルトスにはまだ足りないのか、不機嫌そうな表情は変わっていない。
「いや、リディアの具合が悪い時に、いきなり目の前で斬り捨てるワケにはいかなかったしな。それにリディアなら間違いなく、ほんの少し前に一緒だった人が自分のせいで、という考え方をする」
 やはりそれであの措置なのだと、ジェイストークは納得した。
「それにしても、子供ができたらできたで教えて欲しいモノだが」
 アルトスの冷たい声に、フォースがため息をつく。
「それが、まだひどく小さいらしくて。薬師が分かるくらいになるまでは、駄目になることも多いそうなんだ。もしも話しが立ち消えなんてことになったら、リディアが傷つくだろう? タスリルさんから許しが出るまでは、言いふらさないで欲しいんだ」
「分かった」
 アルトスがあまりにも簡単に返した言葉に、フォースは苦笑している。リディアのことになると、とたんに物分かりがよくなるアルトスに、あきれているのか感心しているのか。だがジェイストークには、両方の気持ちが手に取るように理解できた。
「ところで、楽園ってのは何なんだ?」
 フォースの問いにアルトスは、知らないのかとばかりに眉を寄せる。
「ラジェスの港の西方、二つ並んだ島の片方に監獄を建て、もう片方はそのまま手つかずになっている。軍部では、その手つかずの島を楽園と呼ぶ」
 あの島か、と地図を思い浮かべたのか、フォースがうなずいた。
「監獄から見れば楽園に見えるのですよ。食料を調達する生活が続くので、監獄に逃げ込みたくなるそうですが、監獄の島はまわりが石壁なので入れないんです」
 話しを継いだジェイストークに、フォースが疑問の目を向ける。
「手付かずってことは、何もないし誰もいない?」
「ええ、無人島です。もう思い込もうにも相手がいませんから、あそこにいる間はオルニも人畜無害でしょう」
 フォースは真面目な顔のままブッと吹き出し、そりゃそうだろうな、とつぶやいている。
 これからオルニとノルドは、生活のすべてを自分でまかなうことになる。オルニには身の程を知ってもらい、ノルドには兄を盲信することの怖さを知ってもらうのだ。
「もし、温情をおかけになるのでしたら、その時に言ってくだされば迎えに行きますよ。レイクス様がいらっしゃる前でしたら間違いなく極刑でしたから、このまま忘れてくださってかまいませんが」
 ジェイストークが言葉を向けると、フォースはため息混じりの声を出す。
「さぁて、どうしたものかな。リディアが思い出すようなことがあったら迎えを頼むかもしれないけど、忙しくなりそうだし」
「忙しくなって欲しいモノだな」
 無表情にうなずいたアルトスに、ジェイストークは同調した。
「本当に。できることなら男児をご出産いただければ」
 思わず口にした言葉に、アルトスが冷ややかに目を細める。
「そんな話題は、まだ早い」
 確かにその通りかもしれないが、ライザナルとしては一大事なのだ。気持ちは落ち着かない。ジェイストークが思わず視線を向けると、フォースは苦笑する。
「そんなのどっちでも」
「健康であれば?」
「それもどうでも」
「レイクス様?!」
 何を言い出すのかと、ジェイストークは思わず声を大きくした。フォースは、静かに、と口に人差し指を当てて、少し恥ずかしげに笑う。
「リディアが無事でいてくれれば、それだけでいい。俺にできるのは、どんな子供だろうと、全力で守ることだけだ」
 そう言うと、フォースは伸びをしながら大きなあくびをしている。ジェイストークはあっけにとられてフォースを見ていた。
「そろそろ行くぞ」
 アルトスに肩を叩かれ、ハッとする。
「あ、それでは私はこれで」
 礼をして頭を上げると、フォースは立ち上がって二人に手を振っていた。
「ありがとう。リディアの様子を見てから寝るよ。じゃあ」
 フォースが奥のドアからリディアの寝室へ入っていくのを見ながら、ジェイストークは部屋を出てドアを閉めた。歩き出しているアルトスに走り寄り、隣に並ぶ。
 健康なら男でも女でもいい。世間ではそれが常套句だ。フォースもそう言うとばかり思っていたが、そうではなかった。
「感動したようだな」
 茶化すつもりで言ったのかもしれなかったが、アルトスも理解しているらしいことが、ジェイストークには嬉しかった。
「ああ、感動したよ。陛下に一字一句お伝えしたいくらいだ」
「ガキだと思っていたが、なかなかしっかり大人なのかもしれないな、一部は」
 一部か、と思いながら、ジェイストークは思わず乾いた笑い声を立てた。アルトスもフッと息で笑う。
「守るというのは、そういうことか。だからこそリディア様が、許容と口にされた」
 アルトスにはリディアの言葉が忘れられないのだろう。そしてその言葉は、フォースがリディアを守り通しているからこそなのだ。
 そして、まだ小さいとはいえ、リディアの中で育っている命も、すでにフォースに守られている。
「早く陛下に報告したいものだな」
 アルトスが笑みを含んだ声で言う。
「本当に」
 クロフォードが喜ぶ姿が目に浮かび、ジェイストークは穏やかに微笑んだ。



匿名希望の方にいただいたリクエストの品です。
完結から数ヶ月なので、後日談というよりもただのエピソードですが。
一番最後に書くお話と"合わせ技一本"ということでご容赦ください。
リクエスト、ありがとうございました。m(_ _)m