レイシャルメモリー後刻 競作企画「テルの物語」
(シリーズの大々的なネタバレ有りです。シリーズTOPはこちら

私の名は、テル。私は風。語るべき物語を、探し求めている。
たくさんの小説世界を巡る旅人「テル」の物語――


― 三度あることは四度ある ―


 私が風に降ろされたのは、城壁に囲まれた城の前庭、なのだと思う。そこには、あっけにとられてこっちを見ている人間が四人いた。
 二人は豪華な飾り付きのお揃いを着た恋人か夫婦で、きらびやかさ加減から、たぶん少なくともどっちかが城主さんだと思う。美しい姫様と、姫様を救ったちょっと地味な騎士が結婚しましたよ、といった童話の挿絵みたいな雰囲気だ。そしてに身を包んでいる残りの男女二人は、護衛といったところだろう。
 その挿絵みたいな光景が、絹を裂くような声と共に引き裂かれた。私が裸で風から降り立ったのが普通じゃないと気付いたのか、姫様が悲鳴を発したのだ。姫様はなぜか隣にいた王子を突き飛ばし、私の所へと駆け寄ってきた。
「とりあえず、これで……」
 姫様は、肩からかけていた大きなショールで、私の身体を隠してくれる。裸で無防備だった身体への視線がさえぎられ、私は少しだけホッとした。
「ありがとうございます」
 姫様がうなずくと、柔らかそうな琥珀色の長髪がフワッとなびく。その向こうで、よろけた体勢を立て直した王子が、刺すような視線を向けてきた。
「てめぇ、まさかシャイアじゃねぇだろうな」
 その名前に姫様がビクッと身体を震わせ、私を見る目が怖いモノでも見ているような視線に変わる。
「リディア様」
 女性の方の護衛さんが、私と姫様との間に立った。ここで否定しないと、敵として認定されてしまいそうだ。私は慌てて首を横に振った。
「私はテルといいます。シャイアって人と似ているのかもしれませんが、無関係です」
「は? なんにも知らないんだな。ありえねぇ」
 王子がそう返してくる。世界も人も、見た目や先入観にわれちゃいけないけど、さっきからひどい言葉遣い。
「シャイアって?」
「シャイア神、隣国であるメナウルの女神の名前です」
 側に立った女性の護衛さんが、そう教えてくれた。のない感じだけど、その言葉には柔らかさがあって優しい響きを持っている。
「もう少し口の利き方を考えろ」
 スチールグレイの鎧を着たもう一人の護衛さんが、王子っぽい人の背中をどついた。なんか、護衛さんの方がよっぽどそうな態度なんだけど。
「バカ言え。いかにも怪しい人間に、どなた様でしょうか、とか無い」
 思いっきり怪しがられているけど、落ち着け私。まず、王子は撤回。王子様はこんな言葉遣いはしないもの。姫様もいきなり王子もどきを突き飛ばすって、やっぱり姫様じゃないのかもしれない。あ、もしかしてこれも先入観?
「風に乗って旅をするんです。そういう体質にできているんです」
 正直な説明に向けられる疑わしげな視線が痛い。どう説明したらいいんだろう。誰もいないところに降りられればいいけど、誰かいるときは大抵いつもこう、……、だっただろうと思う。それが当たり前だと思うけれど、打ち解けられない時間って、もったいないと思うのよね。四人の中で一番懐柔しやすそうなのは……、姫様かな。
「決して怪しいモノではないんです。悪意とかありませんから」
 私は祈るような気持ちで、姫様に訴えた。
「もしかして、妖精みたいなモノかしら」
「あ! そうです、それです。人間ですけど、そんな感じです。ほら、一目瞭然、武器も持っていませんし」
 視線を合わせた姫様が助け船を出してくれたと思ったけれど、当の姫様は何だか悲しそうな表情をしている。
「あ、あの、どうかされました?」
「いえ、気になさらないでください」
 そう言ってわずかな笑みでうなずくと、姫様は上げた視線を王子もどきに向けた。軽く眉を寄せたその表情は、もしかしてねてる? 姫様と視線を合わせていた王子もどきの目が、急に大きく見開かれた。
「は? ちょっ、ちょっと待て、不可抗力だ!」
 駆け寄った王子もどきに、姫様が背を向ける。
「いや、視線のど真ん中に裸で落ちてきたら、どうしたって見えてしまうだろ」
 そうか、この姫様は王子もどきが私の裸を見たからって拗ねちゃったってわけね? 私だって不可抗力なんですけど。
「リディアだって見ただろ? って、一体どこから落ちてきたんだ」
「そうやって、はぐらかすのね……」
「や、はぐらかすも何も、この場合は見たとかそんなことより、その娘が誰なのかが問題なんだと、思って……、ない?」
「だってこの方の、とても綺麗なんだもの」
 この方の? その、の、って何。
「もう、どうして胸が見えちゃうことばかり何度も……」
 なんだ、胸。……、って、ええ? 胸? しかも何度も? 私は思わず姫様のショールを胸の前でしっかり合わせ直した。
「そんなに何度もあったっけ」
 王子もどきも、その点疑問なのか、姫様をのぞき込むように見つめる。いや、ちょっと待って。本当に疑問だったら、姫様が何も言わないうちに裸を見たから拗ねてるって、どうして分かったのよ。胡散臭いわ、この王子。
「今回ので三度目よ。リーシャさんの時も、踊り子さんの時も……」
 あ、そうか、と王子もどきはポンと手を打った。ホントに三度もあったってこと? それなら忘れるんじゃないわよ。確かに、不可抗力も三度繰り返せば、故意にも感じるかも。拗ねる気持ちは、……、ちょっと分かんないでもないかな。
「でも俺、一番最初に見た、リディアが降臨を受けた時のが一番強烈だったよ」
 王子もどきの言葉に、姫様の顔がみるみる赤くなった。あれ? ってことは四度目なんじゃないの? 全部不可抗力だとしても、なんかもうそれって"神様に愛されたスケベ"ってことかしらね。王子もどきは姫様の腕を引いて正面から向き合った。
「俺が愛しているのはリディアだけだ。誰のを何度見たって、リディアのよりも綺麗に見えるわけがない」
 そんな台詞、真剣な顔して言わないで。誤解が解けて無くて怖いのに、あっけにとられて顔の筋肉が緩んじゃう。
「本当に?」
 って、姫様の目にも、まわりは映っていないみたい。
「ああ、当たり前だろう。俺にとってはリディア以外の胸に価値なんか無い」
 偉そうな男の護衛さんがいかにも、嘘をつけ、と言いたげな視線を向けているけど、王子もどきは全然かまわずに姫様を抱き寄せて唇を合わせた。
 なんだろう、この安心感。王子もどきが本当に、姫様の胸以外は、なんて思っているかは分からないけど、愛する人にとって特別でいたいのは、女の子だけじゃなく誰でも同じだと思うからかな。この王子もどきが口をきかなきゃ、やっぱり童話の姫様と、姫様を救ったちょっと地味な騎士みたいに見えてしっくりくる。あ、そうそう、新人の王子って感じ。
 王子もどき、姫様に嫌われたくなかったら、姫様を特別だって思う気持ちを大切にしなきゃだわね。まぁこの王子もどきが"神様に愛されたスケベ"なら何をしても大丈夫かもしれないけど、いつまでもそれに甘えてちゃ駄目よ。
 偉そうな護衛さんの冷たい視線で我に返った時には、私、顔の筋肉を全部使ってニタニタと笑っていた。逆に優しい笑みで見つめてくる女性の護衛さんにごまかし笑いを返し、その時に口から出た小さな息が、風に成長していくのを感じた。
 私の身体がその風にすくわれた。姫様のショールが風をはらんで舞い落ちる。そろそろこの世界ともさようならね。新人の王子、姫様といつまでも仲よくね。意識が白くかすんでいく中で、私は次の世界に思いを巡らせた。