レイシャルメモリー後刻

― 変化、ということ ―

 水路建設の責任を負っているため、俺は現在ヴァレスに滞在している。隣国ライザナルのなかで、メナウルに隣接しているルジェナ・ラジェス領の領主と、両国を行き来しながら事を進めているのだ。隣国の領主といってもフォースなので、気持ち的には非常に楽だったりする。
 今回もフォースはリディアさんを連れてヴァレスに来ていた。できれば腹の大きいうちにアリシアに会いたいという、リディアさんの希望を叶えるためもあるらしい。
 話し合いに使うのは神殿だ。ヴァレスにはフォースが昔住んでいた家もあるのだが、住み慣れた神殿の方が落ち着くと聞いた。彼らを出迎える人々も、ライザナルの次期皇帝という地位にもかかわらず、前と変わりなく接している。
 俺も変わらず過ごしている。と思うのだが。グレイには怪しくなったと言われ、フォースには明るくなったと言われた。何かが違うとしたら、……、そう、その違いが成長なら嬉しいのだけれど。

   ***

 フォースは数枚の書類を重ね、机にトントンとぶつけてえる。
「こっちではライザナルとやることについて、何か問題は出てないか?」
「今のところ報告は受けてないよ。むしろ水の取引に関しての話題が大きい。なにかあったのか?」
「いや。報告を受けていないだけで、まだどこかにあると思っておいた方がいい」
 相変わらず四方から固めようとする奴だ。その方が確実ではあるのだろうけれど、その辺りは下の者に任せた方がいいような気がする。最初は無視できないのも分かるけれども、全部をそこまでやっていたら、いつか無理が来る。
「まぁ、そうだ。だが水路の建設も順調に進んでいる。このまま完成まで突っ切れば、細かな問題は立ち消えになるだろう」
 その言葉でフォースが浮かべた苦笑に、自分でも脳天気な考え方だとは思う。でも、流れはこっちに向いている。土地がえば、活気も増すだろう。ここで負けてはいられない。
 ああ、と何か思いついたようにフォースが顔を上げる。
「水路のために掘った土は、ちゃんと利用してるか?」
「言われた通り、焼いて畑になる土地に混ぜてる。土が格段によくなってるって農民が言ってた」
 川底の土を焼いて畑の土に混ぜるというのは、ペスターデという植物を研究している人に聞いたやり方だそうだ。サッサとそういう人を見つけてくる辺り抜かりがない。でも、メナウルでも色々な準備は進めている。
「多少水の要る作物の準備もしてるよ。気候が変わったら、どうなるか分からないんだけど」
「ああ、準備はライザナルでもやってる。気候に合う作物を作るより、両方から持ち込んで合う作物を育てた方が、手っ取り早いからな」
「それはいい。助かるよ」
「お互い様だ」
 嬉しそうに微笑んだフォースに、こっちからも笑みを向けた。
「そういえば、またラジェスにクロフォード様がいらしてるとか?」
「ああ」
 フォースは苦笑して肩をすくめた。思わずのどの奥で笑いをこらえる。
「そんなにフォースに会いたいなら、いっそのことラジェスにでも住めばいいのにね」
「冗談! 来なくていい。いつまでもマクラーンを留守にするわけにもいかないだろ」
「レクタードとスティアはマクラーンにいるんだろ?」
「そうだけど。今回はリオーネ殿とニーニアまでルジェナに来てるんだ」
 まぁ、クロフォード様の場合は、愛するってのが、そういうことなんだろうと思う。フォースが本気で嫌だと思っているかどうかは、……、思っているかもしれない。
 奥からリディアさんがトレイにお茶を乗せて入ってきた。護衛のイージスさんがドアの外にいることを除けば、ここに住んでいた時とほとんど変わらない風景だ。遅れてアリシアさんも入ってくる。その腹はとても大きい。
「どうぞ」
 リディアさんが、お茶を俺の前に置く。
「ありがとう。って、なんだかこっちが客みたいだな」
「ホントよね。リディアちゃん、ごめんなさいね」
 アリシアさんは、いいえ、と首を振ったリディアさんに笑いかけ、フォースを見てニヤッと笑う。借りちゃって悪いわねとか、言葉にしなくなっただけマシだとは思うが、その嫌な笑いは家族でフォースをめるための胎教みたいだ。腹の中の子がどんな風に育つか見ものだったりする。
「少し見ない間に、ずいぶん大きくなりましたね」
 そう言葉を向けると、ええ、と見た目は上品に答え、アリシアさんは腹を撫でた。
「もっと大きくなりますよ。早く出てきて欲しいような、ずっとここにいて欲しいような、変な感じです」
「治療院の仕事はやめないんですか?」
 続けて聞くと、アリシアさんは笑い声を立てる。
「ギリギリまでお仕事しようと思っています。こういうのって明るい話題になるんですよ」
 話題のために妊娠してるんじゃないのだろうが、確かにベッドにいる怪我人には、明るい話題……、というか、怪我人は根本的にそっちは元気なんだろうから、むしろスケベな話題になっていそうな気がする。思わず冷めた笑いがれたが、フォースはそれが目立たないくらい、大きなため息をついていた。
「なによ」
「いいや。なんでも」
 フォースはアリシアさんに面倒臭そうに返事をすると、そっぽを向いた。そうやって話を蒸し返さなくなったあたり、二人とも成長してるんじゃないか、なんて言いたくても、さすがに口には出せない。ちゃんと察しているのか、リディアさんがフォースに笑みを向けた。
「アリシアさん、これからお仕事なんですって」
 部屋を通り過ぎていくアリシアさんを、フォースは眉を寄せて目で追った。扉のところまで行くとアリシアさんは振り返り、じゃあね、と手を振る。
「気をつけろよ」
 そう言ったフォースに笑みを向けると、アリシアさんはドアを開けた。あ、と立ち止まり、もう一度振り返る。
「サーディ様、お客様です」
 アリシアさんはその客に礼をすると、外に出て行った。客が誰だか分からないが、自分の客なのは間違いなさそうなので、扉へと足を向ける。
「サーディ様」
 妹のスティアと同じ歳で友人でもあるその女性は、最近何度か身辺に顔を出していた。彼女はスティアが俺の后候補にあげたうちの一人だ。少し控えた場所に、護衛しているらしい騎士もいる。いつもきちんと髪をまとめ、いかにも女の子らしいドレスを着ているが、今日は少し派手な気がした。
「どうかしましたか? 今日はライザナルからの客が来ると」
 昔から笑顔で接してくる者が多いせいで、彼女が心から笑っているのでないことは分かる。だが、素知らぬ振りでそう言うと、彼女は視線を部屋の中に向けた。
「ええ、できたら紹介していただきた、あ……」
 ポカンとしたその顔に後ろを振り向くと、フォースがリディアさんの腕を引っ張って顔を近づけ、キスでもしそうな距離で話をしているのが目に入った。
「紹介? 誰に?」
「……、い、いえ、それは。あの、いいんです」
 ハッと我に返ったように慌てた彼女は、両手の平をこっちに向けて振った。その貼り付けたような笑みと仕草で、リディアさん抜きでフォースだけに紹介して欲しかったのだろうと察しが付く。
「そうですか。じゃあ」
「え? あ、はい。また」
 その娘はヒョコッと頭を下げると、いつもより早足で門を出て行く。お付きの騎士はしっかり敬礼だけすると、彼女の後を追っていった。
 フォースなら前からいたじゃないかと変に思い、次期皇帝という地位のせいかと思い当たる。そういうことなら、心遣いも必要ない。適当に相手だけしていればいいだろう。
 それにしても、メナウルよりライザナルなのか、俺よりフォースなのか。いや、目移りしてくれて分かりやすい反応をしてくれたから幸運だったのだけど。
 何にしても、奥方の存在というのがましい。ああいう面倒な女性は、仲を見せつけるだけで去っていくのだから。でも、あんな面倒なのでも妻にすれば、他の面倒は無くなるんだよな。
 自分の考えていることが可笑しくて笑い出しそうになる。その妙だろう顔をフォースに見られたくなくて、そのまま彼女たちを見送った。その視界に、荷物を抱えたユリアが入ってきた。ユリアは、帰っていく女性を振り返って見て、前に視線を戻してから駆け寄った俺に気付く。
「持つよ」
 キョトンとしているユリアに笑みを向け、手にしていた荷物を奪い取って部屋にとって返した。
「サーディ様、そんな。私が」
 ユリアは俺の後から慌てて部屋に入ってくる。
「リディア様! ご到着されていたのですね」
「ユリアさん! 元気そう」
「あぁ、リディア様も」
 手を取って笑い合うその喜び様を見て、二人ともやっぱり女の子だなと思う。一人は神職に就き、一人は隣国の皇太子の奥方なのだけれど。
 前は人の成長を実感するだけで落ち込んでいたような気がする。でも今は、自分にもできることがあるせいで、自信も付いてきた。そう思えることが嬉しい。
「奥に運んでおくよ」
 そう言って足を踏み出すと、後ろに駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「あ、私も行きます」
 笑顔で見上げてくるユリアは、やっぱり可愛い。でも、前のように女性に対する気持ちというより、シャイア神に対する信仰心に似ている気がする。時が経つにつれ気持ちも変わるんだと、しみじみ思う。
「ちょっと行ってくる」
 もしかしたら全然変わっていないかもしれない二人に、そう声をかけて廊下に入る。
「あのお二人、今日は前のお部屋に泊まられるんですよね」
「え? あんな狭いところにライザナルの皇太子夫妻が? せめて広い方にすればいいのに」
 ため息混じりに言うと、クスクスと楽しげな笑い声が耳に届く。
「ご希望されているので、用意するようにと言いつかっています」
「ホントに? 変わらないな」
 思わず出た言葉に、ユリアは首を横に振った。
「いいえ。変わったからこそ、あのお部屋に泊まりたいのかもしれません」
「あぁ、そうか」
 確かにそうかもしれない。住むところも立場も変わって、すべて変わらずにいるなんて無理だ。それでも変わったように見えないのは、いつだろうといい方向に向かっている事こそが、彼らにとって普通に見えるからかもしれない。
 自分はどうだろうと思考を巡らせる。前はいつでも停滞していた。でも今は違う。
「あ、ここにお願いします」
 ユリアに言われた場所に荷物を降ろす。
「ありがとうございました」
 ユリアが満面の笑みを浮かべた。自分も笑みを帰しながら、ユリアとのこともいい方向へと変わっているのだと思う。
 好きだと思っていた気持ちは、完全に昇華しつつある。しかも、少しも傷つけ合うことなく笑い合っていられる。振られて終わったと思っていた気持ちは、消えてしまうことなく成長していた。恋とか愛とか通り越した、その先でのことだけれども。
「さっきの人、また来ていたんですね。もしかして、追い返したんですか?」
「そうなるのかな」
 ユリアがあの娘のことを気にしていてくれたなら嬉しい。
「向いてないです、お后には」
 でも、これはやっぱりユリア自身は関係なく、俺の立場だけを心配してくれているのだろう。
「分かってるよ」
「そうなんですか? 全然断ったりなさらないから」
「ああ、それはね、そういう娘が控えめでおしとやかな娘の窓口だって、グレイが」
 ユリアは目を丸くすると、ぷっと吹き出した。
「そうですね! そうかもしれません。グレイさんって……」
 俺はつられて笑いながら、楽しげなユリアの顔を眺める。
「うん。マメって言うか細かいって言うか」
「不思議な人ですよね」
 思わず二人でキョロキョロとグレイがいないのを確かめ、声をひそめて笑い合った。
「フォースたちがここに泊まるなら、夜にグレイも入れて五人で話せるね」
「え? 私もいいんですか?」
「もちろん。その方がリディアさんだって喜ぶよ」
 ユリアは胸の前で手を組み、柔らかな笑みを浮かべる。
「ここのお仕事、済ませてしまいますね」
 ああ、と返事をして手を振り、元来た廊下を戻った。
 ユリアの勤務する場所が変われば、もう会うこともないと思っていた。ユリアがヴァレスに配置になったのも、自分が成長するためにシャイア神が気を使ってくれたのかもしれない。
 そのユリアが、心配してくれるのも嬉しい。でも、逆に心配をかけずになんとかしたいという気持ちもある。ユリアのせいで自分が誰とも付き合わずにいると、ユリアに思われたくはない。シャイア神と同等に、早く安心してもらいたい存在だ。
 廊下の先から、聞き慣れない女の子の声が聞こえてきた。
「怒られると思っていました」
「当たり前だ。ここはメナウルなんだぞ? 遊びで行き来できるのは、もう少し先だ」
 怒っているはずのフォースの声が、妙に優しく聞こえる。
「でも、交易が活発化する前のメナウルを、この目で見てみたかったのです」
 フォースの前に立っているのは、フォースの小さな妹、ニーニアだった。その凜とした声にちょっと感心する。
「だいたい、何のためだ? ニーニアがここに来ることを、いったい誰が許した」
「まぁまぁ、そんなに怒らなくても」
 フォースを止めに入ると、ニーニアはキラキラさせた目に微笑みをたたえ、俺に向かって深々とお辞儀をした。
「サーディ様、お邪魔いたしております」
 その様子を見ていたフォースがあっけにとられたようにニーニアを見つめる。俺は膝を折ってニーニアと視線を合わせた。
「こちらに来ることを護衛だけではなく、まわりの者にきちんと話してこられましたか?」
「……、いえ……」
 ニーニアの消え入りそうな声の返事に、ため息をつきたくなるのをこらえる。
「それは心配されているでしょう」
「お兄様がイージスに言伝ました。これから迎えを呼ぶって……」
 その言葉にフォースを振り返ると、フォースは、ゴメン、と頭を下げた。ニーニアは寂しげにうつむいている。
「来ちゃったんだから、一晩泊まっていけばいいよ」
 そう口にすると、三人の視線が一斉にこっちを向いた。驚いた顔の三人のうち、リディアさんが可笑しげにくすっと笑い、目を細める。ニーニアの表情がパッと明るくなった。
「お許しいただけて嬉しいです!」
 凜とした声が戻ってきたのが、なんだか嬉しい。逆にフォースがムッとした顔になる。
「まだ許してない」
「仕方が無いじゃないか」
「だけど」
「俺も小さかった頃、城を抜け出したくて機会をっていたんだよな、懐かしい」
 それを聞いて、フォースは盛大なため息をついた。
「そういうのが一番困るんだ」
 護衛の騎士なら、予定通りに動かないと困るだろうけど、今のフォースの立場なら、そこまで困ることもないだろう。いつまでたっても騎士なのだと思う。
「部屋を用意させるよ」
「ありがとうございます」
 ニーニアの丁寧なお辞儀に、フォースはため息をつきつつ片手で顔を覆った。でも俺は、感情を素直に行動に移すその天真爛漫な様子に、気持ちがんでいくのを感じていた。

   ***

 どうぞ、とユリアが三人分のお茶を置く。
「一緒にいればいいのに」
 そう声をかけると、ユリアは微笑みながら、いいえ、と首を横に振った。
「リディア様がお休みになったようですので、私も下がります」
「そう?」
 リディアさんはニーニアに一緒にいてと頼まれ、部屋に行ったまま眠ってしまったらしかった。男ばかり、馴染みの三人の中に居ても、つまらないかもしれない。
「じゃあ、またね」
「はい。失礼いたします」
 ユリアはきちっと礼をして、神殿へと続く廊下へ入っていった。目で追っていたフォースが、グレイに顔を向ける。
「分かった気がする」
「何が?」
「サーディが怪しいって」
 吹き出すのをこらえた目の前で、グレイが、だろ? と親指を立てた。
「そうなんだよ。女の子とは必要なこと限定でしか話さなかったのに、今は誰とでも話してる」
「はぁ? それはグレイが、積極的な娘は控えめでおしとやかな娘の窓口だ、って言ったからだろ」
「そうだっけ?」
 グレイは、しれっとした顔のままでそう返してきた。言った本人が忘れているのか、この野郎。
「グレイ、俺は本気にしたからこうやって」
「覚えてないけど、実際そうだから支障ないよ」
 グレイはノドの奥で笑い声を立てた。フォースも顔を隠すためかそっぽを向いて肩を震わせている。思わず大きなため息が出た。フォースがお茶を一口飲んで口を開く。
「だから、ニーニアを貰ってくれればいいのに」
「まだそんなことを。フォースを好いていたみたいなのに可哀相じゃないか」
 ふとグレイがこっちを見ていることに気付いた。俺が視線を向けた先で、グレイは肩をすくめる。
「あんなにリディアに懐いているあたり、フォースの課程は修了したんじゃないか?」
 なぁ、とグレイに同意を求められ、フォースはお茶を口に運びながらうなずいた。まだ子供なのだから、相手が結婚した時点で恋心が無くなっても、全然不思議ではない。グレイは、リディアとニーニアがいる部屋の方を見てから、フォースに視線を戻す。
「嫁に出したいのは、リディアを取られるのが嫌だからか」
 口にしたお茶を吹き出しかけてこらえ、フォースはノドを鳴らしてお茶を飲んだ。
「熱っ、違うって」
 冷ややかな目を向けられたグレイは、可笑しそうに笑っている。
「ニーニアニーニア言うけどさ、あの歳で結婚を考えなきゃならないなんて、かわいそうだろ」
「いや、生まれた瞬間から俺の婚約者だったんだ、王族の結婚に関しての考え方はしっかりしてるぞ?」
 フォースが言う婚約者の立場でいたら、考えざるを得なくなるのは分かる。でも、あんな小さな子がしっかりしていると言われても、ピンと来ない。
「それならなおさら、少しでも自由にさせてあげたいよ。そういう感情を持つのも、大事なことだろうから」
 そうでなければ、義務だけで生きていかなくてはならないと思いこんでしまうかもしれない。結婚しなくてはならない、子供を残さなくてはならない、それも勤めなのだと。
 人の気持ちは自由であるべきだと思う。自分の気持ちでさえ、操作できないほど自由に。ひいては、それが自分の世界を大きくしていくのだろうから。
「そうかもな」
 気付くと、そう言いながらグレイがフォースの袖を引いている。
「まぁ、正式な申し入れはしないでおくよ」
 フォースもリディアさんがいたから変わった部分が多いのだろう。だから分かってもらえるとは思っていたけれど、返事を聞いてホッとした。
 フォースにとってはリディアさんが、グレイにとっては文字通りシャイア神が女神だった。俺にとっての女神は、そう、ユリアなんだろう。
「信頼できる女神がいるって、幸せなことだよな」
 思わずつぶやいた言葉に、フォースが驚いた顔を向けてきた。
「女神? サーディ、何を考えているんだ? 本当に怪しいぞ?」
「あ、いや、深い意味は無くてね」
 笑ってごまかそうとしたが、グレイが珍しく穏やかな笑みを浮かべたせいで、口を開くのを待ってしまう。
「昇華か」
 グレイの発した一言に、すっかりバレていると思ったら、冷や汗が出てきた。何か言い返そうとしても、言葉が思い浮かばない。グレイはノドの奥で笑いながら視線を向けてくる。
「全部を昇華させるなよ」
 いくらなんでも、それは無いだろう。グレイの言葉に、身体の力が全部抜けていった。



竹芝苑上さまにいただいたリクエストの品です。
リクエスト、ありがとうございました。m(_ _)m