大切な人 Parallel
― 夢でもいいから ―
ガラスをプツプツと雨が叩く。窓際の席から外をのぞくと、季節が秋、そして冬へ向かって少しずつ動いているからか、行き交う人たちの服や傘に自然の色、アースカラーが増えてきたような気がする。
"逢いたい"なんて連絡をしてしまって、ちょっと後悔している。それがどれだけ大変か分かっているつもりで、でも、どうしても気持ちが抑えられない時があって。
手紙に一言書き足した時もそうだった。つい出来心。逢いたいけど、そうじゃない。私の気持ちより、フォースが存在していてくれることの方がずっと、ずっと大切だから。今は生きていてくれればいい。無理はしないで。失うのは怖い。もしそんなことになってしまったら、私、きっと空っぽになってしまう。
そのくらいなら。待ちぼうけでいた方がいい。フォースが飲むはずだった、砂糖もミルクも入れないコーヒーをゆっくり飲むの。そして、カップが空になって冷たくなったら席を立って。そこにいるのが自然になってしまった神殿に帰って、いつものように聖歌を聴きに来てくださる人たちも、自分も、一緒くたに慰めて過ごすの。
いつか逢えるから、きっと逢えるから、その時まで。瞳を閉じて、フォースが来てくれる夢だけ見ていよう。ここでフォースを待っていてもいい、それも私の幸せだから。
入り口のドアのベルが、カランと音を立てた。フォースがヴァレスに帰ってくる時は、やっぱりこんな風に鎧の音が聞こえるといい。金属がぶつかる心地いい音。だんだん大きくなって、私の側でとまって。
「寝てるのか?」
すぐ側でしたフォースの声に目を見張る。そんなわけないじゃない。こんなところで寝るなんて。見上げた視界の中に、フォースが……居るなんて。
「どうして鎧?」
「いや、急いで来たから」
「すっかり濡れちゃって。傘くらい」
「持ってない」
「それじゃあ座れないわ」
「いい。逢えたから、いい」
「何も飲めないわ?」
「これでいい」
フォースは私のカップを手に取って、残っていたコーヒーを一気に飲み干した。カップが空になっても夢は覚めない。このカップは、いつまでも暖かでいてくれる? 夢じゃないって頬をつねって確認したくなるのは、お話の中だけじゃないのね。
「これじゃ、いくらなんでも迷惑だな。場所を変えよう」
店の中の誰かと目があったのだろう、フォースはそう言うと肩をすくめて苦笑した。
「ねぇ、だったら。……たくさんキスできるところに連れて行って」
フォースは少し驚いたように目を丸くすると、いつもの優しい微笑みに戻る。
「了解」
差し出された手を取って立ち上がる。握り返してくれるその手の力が、夢を見ているのではないことを教えてくれた。