私が「星の砂」を見つけたのは中学生の頃に本屋でアルバイトをしていたときだった。実用書とレジスターの間の棚にいろんな小物と一緒に置かれていた。
いろんな素敵な小物があったけれど私の目は「星の砂」の小瓶に向けられていた。
瓶の中には本当に星の形をした白い砂が控えめに詰められていた。
「それは2万年前の化石なんだよ」
店長さんが本棚のほこりを叩きながら私に教えてくれた。
2万年前の化石!
なんて素敵な響きなんだろう。
私はアルバイト代をもらうとすぐに「星の砂」の小瓶を買ったのです。
その「星の砂」はいまでも枕元の小物として置いてあります。
それから幾年月。幸運にも何度か「星の砂」と出会う機会がありました。その度に瓶の中身は減っていました。化石なんだもんね、少なくなるよね。そのころは、真剣にそう思ってました。
転機は友人と電話をしていたときでした。博学な友人はあっさりと否定しました。
「星の砂は珊瑚虫の死骸なんだよ。有孔虫っていう・・・・・・」
話は続いていたけれど私の耳には入ってきませんでした。
「・・・・・・嘘つき」
帰りの遅い夫を待ってワインを一本空けて、アルバイト代で買った小瓶を指ではじきながら。知らず知らず涙がこぼれていました。
誰に対する涙だったのでしょうか。
店長さんでしょうか? 博学な友人でしょうか?
いえ、浅学な自分にでしょうか?
「土産だぞー」
夫が帰ってきたようです。私が虚ろげに顔を上げると小さな瓶を掲げながら主人が部屋に入ってきました。
「星の砂、お前これ好きだったろ。2万年前の化石」
私はきっと表情を険しくして言い放ちました。
「嘘つき!!!」
その後、寝室でずっと泣きました。
季節は変わっていきました。
幾年も幾年も。
ある日、商店街でぽつんと屋台が開かれていました。
何気なくのぞいてみると看板に「神秘! 2万年前の化石。 星の砂」と書かれていました。いろんな思いが去来していきました。屋台の主人は人の良さそうなお爺さんでした。
「ああ、すいませんな。売り切れてしまいました」
私はのど元まで「有孔虫」という言葉が出かかってきました。
次の言葉を聞くまでは。
「今日、夕方から取りに行きましょうか」
取りに行く、だって?
「沖縄まで?」
お爺さんは笑みを絶やさずに私の胸を指さしました。
私が困惑していると、ぽんぽんと自分の胸をたたいて
「思い出の中に取りに行くのじゃ」
夕暮れの誰もいない商店街をお爺さんの後をついて歩きました。見たことのない、それでいて懐かしい風景が続きます。冬を歩き、春を歩き、夏を歩き、秋を歩きました。街を抜けて、あぜ道を通って、森を抜けて、川を渡って、いつしか、忘れられない店の前に立っていました。中学生の頃にアルバイトをしていた本屋でした。
きしむ扉を開けると可愛らしい女の子の声が迎えてくれました。
「いらっしゃいませー」
なんということでしょうか。中学生の私が迎えてくれました。
「ご注文の品は承っております」
注文・・・・・・。ああ、そうだった。私は「星の砂」を買いに来たんだった。
手渡された小瓶の中には「星の砂」が一粒。
「一つの大切な思い出は万の現実を超えます」
どこで聞いた言葉なのだろう。でも、私は確かな現実感を持ってその言葉とともにきびすを返した。
「忘れないでくださいね」
店を出ると同時に商店街の喧噪が押し寄せてきた。慌てて振り返ってみるといつも利用しているスーパーだった。確かに両手に買い物袋を提げている。
隣に主人と二人の愛娘もいる。
あれは夢だったのだろうか。
家に帰って買い物を整理していると袋の一番下から小瓶が出てきた。
ああ、夢じゃなかったんだ。
「お母さん、これ何?」
私に問いかける娘たち。
どんなに高名な学者さんが口をを酸っぱくしても私の真実は変わらない。
だから、私は優しく答えた。
「これはね・・・・・・」
一つの大切な思い出は万の現実を超える
私の枕元に大切な思い出が一つ帰ってきました。
Fin
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私のブログの記事「んもう、嘘つきっ!!」を見て短編を書いてくださいました。
私はこのお話の奥様のように可愛らしくないですが。(爆)
思い出は思い出として大事にしようと思いましたv
精力的に創作を続けていらっしゃいます。
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