バレンタイン小説?

― チョコふたかけ ―


 突然口の中に甘い香りが広がった。びっくりして隣を見ると、そこにはニッコリ笑ったヒロアキの顔。そして手には欠けたハート型のチョコ。じゃあ口の中のこれはやっぱりチョコ?!
「なんてコトするのよ!」
「は?」
 あ。ホントにわけが分かっていないって顔。

 私がヒロアキに選んだのは、スーパーでよく見るハート型のチョコ、80円。
 だって毎年"いまさら"って思う。ずっと隣に住んでいて、どっちが自分の家か分からなくなるくらい往き来していて、チョコも毎年あげていて。
 しかもヒロアキが、甘い物が嫌いなことも知っている。チョコで食べられるのはこの80円のだけって言ってたことも。
 綺麗な包み紙のチョコなんか、買ったって意味がない。美人で有名な麻美からでさえ、受け取らなかったんだから。本当もったいない。そりゃあ私だってヒロアキが好きなんだもの、ちょっとは嬉しかったけど。

 でも。でも。いくら嫌いだからって、この2月14日、女の子の口の中にチョコレートを放り込むなんて最低!
「知らないの? この辺りだか全国的にだか分からないけど、バレンタインデーにチョコレートを食べた女の子は、一生モテないってジンクスがあるのよ?!」
「へぇ」
「ヘぇじゃないわよ、どうしてくれるのよっ。80円のチョコのひとかけらで一度もモテずに死ぬかもしれないのよ? なんて寂しい人生なの!」

 私が騒ぐのを尻目に、ヒロアキは顔色一つ変えず、ポケットの中を探りだす。
「何やってるのよ。人の一生台無しにしておいてっ」
 ヒロアキは私に見覚えのある一枚の小さな封筒を差し出した。え? これって?
「どうして持ってるのよっ!!」
 今顔から火が噴いた。絶対噴いた。だって目の前がちょっと暗い。

 数日前、チョコと一緒にいろんな模様の小さなカードとそれに合わせた白い封筒がたくさん入ったセットを買ってきた。やっぱり好きですって伝えたい気持ちはあって。その中から選びに選んだ一枚に、"ヒロアキへ ずっと好きでした"と、書いて寝た。
「おばさんにもらった」
「おかあさん?! ひどいっ、告白するつもりなんて無かったのに、勝手に渡しちゃうなんて!」
「え?」
「えじゃない! 昨日の夜、チョコと一緒に渡そうかどうしようか迷って」
 あ。でもホントにわけが分かっていないって顔。

 もしかして。

 急いで封筒を開ける。中からは私が書いたカードと違う模様が出てきた。そっと中をのぞき込む。

"好きだ"

「え? 私の字じゃない」
「当たり前」
 ヒロアキの字だ。思わずポカンと口を開けて見入る。そこにまたチョコレートの香り。驚いて振り返ると、ヒロアキはフッと苦笑を浮かべた。
「モテたよ? よかったな。それとも、俺じゃダメ?」
 びっくりしたまま、つい首を横に振る。
「じゃ、その昨日の夜のカード、家に帰ったらくれよな」
 そう言うとヒロアキは手に残ったチョコレートを自分の口に放り込んだ。

 同じ甘い香りが、口の中に溶けていった。