― 三つの荷物 ―


「忘れ物は?」
 細々とした家財道具を買った帰り道、美穂は直之にそう尋ねた。
「無いんじゃね?」
 簡単に返ってきた言葉に、美穂は疑わしげな瞳を向ける。
「え? や、無いはず」
 直之は両手に提げた袋を覗き込むように見てから、また手を下ろした。美穂も一つだけ持った袋を持ち直す。
 桜の花びらが、風に揺られながら綿雪のように降っている。その様子は、今日から直之と暮らすこともあり、美穂に結婚式の紙吹雪を想像させた。
 桜で有名な、でもこぢんまりとしたこの公園は、街から少し外れた住宅街の隅に位置している。買い物の帰り道にゆっくり花を見ることができるのは、この上ない幸運だと美穂は思った。
 しかも陽の落ちかけた今は、ちょうど人が入れ替わる時間帯なのだろう。帰り支度をする家族連れが数組と、場所取りをするどこかの会社員が何人かいるだけで、あまり騒がしくもない。
「毎年見られるといいわね、」
「見られるだろ、近所なんだし」
 またすぐ返された言葉に、美穂は"一緒に"と言いたかった気持ちを飲み込んだ。
 ふと、公園の奥、一台だけあるベンチに、着物を着た二人が並んでいるのが美穂の目に入ってきた。お爺さんとお婆さんのようだ。二人の間には大きめな荷物が一つ置いてあり、その分だけ離れて座っている。すでに散った花びらが足元に舞い、オレンジ色に変わってきた光の中、まるで舞台の上のように輝いて見えた。
「美穂?」
 直之は美穂の数歩先で待っていた。駆け寄って微笑みを向ける。
「ねえねえ、あの二人、仲がいいのね」
「うん? わかんないぞ? 荷物が一つしかないってことは、案外帰る場所が違ってたりしてな。不倫とか」
「まさか、そんなこと……」
「あの人たちは、大きな荷物をどっちか一人が持つんだ」
 そんな風に言われたら、美穂には反論ができなかった。それと同時に、彼らのように仲よく歳をとりたいなどと言えなくなってしまう。
 美穂の夢を直之に伝えたい、ただそれだけなのに、好機を逃してしまった気がした。でも、それでよかったのだ。あんな風になりたいと言った二人が、直之にとって不倫に見えていたのだから、最悪な言葉を避けられたのだろう。
 隣に並んだ直之が、美穂がついたため息を覗き込んできた。
「俺らは俺らなりに歳をとっていければいいな。こんな風に荷物も分け合ってさ」
 少しだけ頬を赤くすると、直之は前を向いてサッサと歩き出す。美穂は止まりかけていた足を速め、直之に並んだ。
「あ。忘れ物」
 直之が急に足を止め、美穂は目を丸くして振り返る。
「ええ? なに? どうしよう。戻った方がいい?」
「なぁんて」
 直之は慌てた美保に笑みを向けると、二つ下げていた袋を左手に持ち直した。空いた右手が美穂に差し出される。
 美穂は笑みを浮かべて直之の腕を取った。