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オイラのシッポ


 人間は『犬は人間の友』なんてことを言っているようだ。実際、そういう犬も見たところ二匹に一匹はいる。だけど、オイラは違う。友達なんかじゃない。
 人間なんて勝手なもんで、自分と住んでいる犬さえ友達ならば、あとの全部が目の敵でも、友達ってことにしてしまうんだ。人間と住んでいるあいつらだってそうだ。人間なんぞに犬の誇りでもあるシッポを振ったりして。ああ、考えるだけでもイヤになる。あいつらなんて犬の風上にも置いてなんかやるもんか。
 オイラ? そうだな、人間で言えば(これは君たちに分かるようにするには仕方ないから、当てはめてやるんだぞ)青年ってとこだな、雑種って種類の。人間にもハーフって人種がいるだろう? 同じようにオイラもなかなかのハンサムなんだぜ。信じるか信じないかは顔を見せられない分、残念だけど、君たちの想像に任せることにしておくよ。

 ところで君たちは『イモ虫』って知ってるかい? 畑ってところで丸い葉っぱと一緒に君たちが育てているんだから、知らないとは言わせないぜ。でも、その先まで知っているかい?
 彼らはある程度大きくなったら、殻をかぶって堅くなってしまう。そして前とはまったく違った形になって出てくるんだ。オイラが見たんだから間違いはないよ。そりゃあ、ちょっと目を離したことはあったんだけどな。まさかイモ虫がオイラ一匹をだますためだけに、あのヒラヒラしたものと入れ替わったなんて考えられないもんな。まったく驚いたもんだぜ、これには。
 よくまわりを見てみると、みんながみんなこうやって変わるんだ。君たちだって『手品会場』って場所で、たくさんの人がが周りを囲んで隠している中で殻に入っているじゃないか。隠そうったって無理なことはこれで分かっただろう? だからいつかはオイラだって殻に入る時がくるんだ。神様が犬にだけ殻をくれないなんてことがあるはずはないからな。オイラもきっともう少しで殻をもらえるはずなんだ。つい最近まで体が大きくなってきていたのが最近止まってきたしな。まぁ、殻さえもらえば大きくなれるだろうし。楽しみだなぁ。オイラはいったいどんな形になるんだろう。
 ま、それは変われば分かることだから、殻をもらったら人間にじゃまされずに殻に入れるところを探しておくことにしよう。できるだけ静かなところがいいな。あの角の先なんてどうだろうか。
 ドンッ!
 うわ! なんだこれは!! 急に暗くなったと思ったら身動きができなくなってしまった! これは殻だろうか。わりに柔らかいけどな。苦しくなってきた。こんな曲がり角で殻をかぶってしまうなんて。邪魔だからって、人間に捨てられたりしないだろうか。

 あぁ……。あれ? オイラどうしたんだろう。なんだかひざ小僧をすりむいたみたいだ。え? ひざ? あれ?! オイラ人間になっちまったみたいだ! いったいどうしたんだろう。あ、お腹の下でうごめいているこの犬はもしかしたら。うわっ! やっぱりそうだ、オイラだ!!
「クーン、クーン……(いたいよぉ)」
「泣くな、泣きたいのはオイラの方だ(ワンワン)」
「ワンワン、ウー、>以下省略(うぅ、ヒック、あれ? ボクどうしちゃったんだろう。なんだかまわりのモノが全部大きくなっちゃったみたいだ。あっ! ボクがいる!! オバケー!!)」
「あ、待ってよ、逃げないでよぉ!」
 あーあ、凄い勢いで走って行っちゃった。冗談じゃないよ。なんでオイラが人間にならなくちゃいけないんだ? どうしよう。オイラの名前はなんていうんだろう。年はいくつだ? 住んでいるところはどこだ? ……ああ、考え方まで人間みたいだ。
「うわ〜〜ん!」
 なんてことだ、声までだ。
 あ、オイラが戻ってきた! やっと自分が犬になったことに気づいたんだろうか。
 それからいろいろ話した。オイラたちが入れ替わったこと。オイラと入れ替わったのは、『かたぎりみきお』という小学校の一年生で六歳だってこと。住所は三丁目の一六番地の七(これは覚えるのに苦労した)。親友は隣の隣の隣の隣の隣……、一回多かったかな? まぁ近くに住んでいる、いのうえかずおくんという名前の男の子だってことが分かった。
 あと、困ることが一つあった。オイラはみきおと一緒にいないと何も分からないのだ。みきおもオイラたちのおきてをまったく知らないと言っていた。
 でも、みきおはなかなか頭がよくて、そばにいればまた反対の殻ができて元に戻れるかもしれないことを思いついた。それで、みきおとオイラはいつも一緒にいることを約束した。こうやって約束する時はゆびきりというのをするそうだ。オイラは一度そういう経験をしてみたかったが、無理だった。みきおの指が、どれも短かったからだ。
 みきおは、かずおくんならこんな風に入れ替わったことを分かってくれるんじゃないだろうかと言い出した。オイラががっかりしているうちに、ちゃんと考えていたようだ。やっぱりみきおは頭がいい。それからオイラは、「かずおくん遊ぼー」と言う練習をたくさんした。

 お庭というところで、おいらがかずおに全部を打ち明けた。かずおは最初、とても不思議そうな顔をして、首をしきりにひねっていたが、一応は納得してくれた。そしてオイラたちに協力することを約束して指切りをした。(やったぜ!) それからオイラの名前がポチに決まった。みきおもかずおも犬の名前はポチなんだって言ったからだ。そして、元に戻る方法を三人で、いや、二人と一匹で考えることにした。でもオイラは、みきおは頭がいいことを知っていたので、オイラが考えなくてもみきおが考えてくれると思った。オイラはなんの心配もしていなかった。
 その時、かずおのお母さんが『ケーキトジュース』というモノを持ってきてくれた。オイラはみきおに小声で『ありがとう』と言えといわれたのでそう言った。
「ゆっくり遊んでいってね」
かずおのお母さんはそう言って家の中に入っていった。その『ケーキトジュース』というモノはとても美味しかった。家の裏にある空色のポリバケツというモノに大切そうにしまってある食べ物よりも、とても甘くて舌がとろけるように美味しかった。
「(美味しいモノは家の中にちゃんとしまっておくことになっているのさ)」
 みきおは笑って教えてくれた。なんだ、そうだったのか。美味しくないモノを家の外にしまうのか。それなら今度から、家の中にある食べ物を狙ってみることにしよう。
 それにはやっぱり犬に戻らなくてはならない。みきおとかずおに考えるのを任せてはいられないので、オイラも考えることにした。でも、何も浮かばなかった。みきおもかずおも思いつかないと言った。二人、今は一人と一匹にさえ思いつかないんだから、オイラが考えても仕方がないような気がした。いや、まてよ?
「もう一度、今度はオイラが殻になってみたらどうだろう」
 やった! 思いついたぞ! これはいい考えだ。みきおもかずおも、すぐにでもやってみようと言った。
 オイラはみきおの上にそーっとかぶさってみた。いち、に、さん、ご、……。じゅうまで数えても元に戻らない。
「だめだぁ」
「戻らないよ」
「(じゃあ、今度はぼくがうえになってみよう)」
 いち、にい、さん。さんであきらめた。だって、ちっとも殻らしくないんだ。これじゃあ変われない。みんな、こまってしまった。また考えてみることにした。
 なんだか家の前を人がたくさん通っているようだ。ペチャクチャいろいろ声が聞こえてくる。みきおは何かヒントがあるかもしれないから、その話を聞きに行くと言って、門の所へ走っていった。
 カワイイとかうちは飼えないとか言いながら、その人たちが通り過ぎていく。そして向こうの道を越えた。でも、みきおは戻ってこない。まだこない。まだ……。オイラはみきおを見に行った。いない! 大変だ! さっき通った人の誰かに連れて行かれてしまったんだ。どうしよう、どうしよう……。かずおと話し合いの結果、二人で探しに行くことにした。

 僕は頑張って逃げ出そうとした。ひょいと持ち上げられて、今は腕の中にいる。その人の顔を見ると、とても強そうな小学五年生くらいの人だ。いや、もしかしたら六年生かもしれない。大変だ! どこかに連れて行かれてしまう。
「(誘拐だ、助けて!)」
 叫んだら犬の声がした。ああ、そうか。僕は今、犬だったんだ。誘拐じゃないんだ。とたんに悲しくなってきた。元に戻れたらなぁ。せめて、人間だったらなぁ。僕は逃げるのをあきらめて、何となく話しを聞いていた。
「どうするんだ、この犬」
「家で飼おうと思ってさ」
「おまえんとこ、親が動物嫌いじゃなかったのか?」
「隠れて飼うよ」
「だけどこの犬、さっきの家の犬なんじゃ?」
「違うさ、首輪もついていないし」
「そうか、それじゃあな」
「じゃあな」
 さっきポチとぶつかった所の角を曲がった。ちゃんと道を覚えておかなくちゃ帰れない。ああ、まいっちゃうな。
 この人の家は、そこからほんの少し行っただけの、いつもの公園からすぐの所だった。助かった。迷わなくてすむ。僕はそこの家の物置に放り込まれた。ガンと頭をぶつけた。痛いよぉ。あれ? 誰かいる?
「(だあれ?)」
 女の子みたいだ。
「(どこにいるんだい?)」
「(すぐ目の前よ)」
「(見えないよ)」
「(目が慣れてないからよ。あなたなんて名前? なかなかハンサムね)」
 そんなこと言われたって、ちっとも嬉しくない。だって僕の顔じゃないんだから。だんだん目が慣れてきた。なんだ、この娘はたいしてカワイくないや。せっかくモテるんならもっと……。
「(あなたも捕まったのね)」
「(そうなんだ。帰りたいよ)」
「(帰るところがあるのね。残念。じゃあ、もうすぐご飯を持ってきてくれるから、その時にでも逃げればいいわ)」
「(君は?)」
「(ココが気に入ってるの)」
 それからいろいろなことを話した。ノラ犬は人間にいじめられることが多いんだって。それに、保健所って所から僕がトンボを捕るように、アミで捕まえられちゃうんだそうだ。そのあと帰ってきた仲間を見たことがないから、きっと食べられちゃうと思っているみたい。人間は犬を食べたりしないって教えてあげようと思ったけど、僕が人間だってばれたりしたら大変だから黙っていた。それに、捕まえたあと、どうしているのかは全然知らないからなぁ。
 突然、戸の方から光が入ってきた。僕はその光に向かって一生懸命走った。さっきの男の子にぶつかってしまい、よろめいた拍子にちょっとだけ足をくじいてしまった。あ、追いかけてくる! でも、家に帰らなくちゃ。ポチと一緒にいないと、元に戻れなくなっちゃうかもしれない。走らなくちゃ! あの角が見えてきた。あ、なんだか僕の声が僕を呼んだ気がする。あの角まで行けば。もうちょっとだ、もうちょっと。ココを曲がって、
 ドンッ!
 うわぁ!! 殻ができた! 戻れるのかな? それとも他の何かに……。

「クーンクーン……」
 なんで足が痛いんだろう。舌で足をなめてみる。うん、だいぶいいぞ。え? 舌が足に届いてる、オイラ犬に戻ってる! やった、やったぁ!
 気がつけば、みきおより大きな人が目の前にニョキッと立っている。ちょっと怖い。
「これ、僕の犬なんです、ポチって言うんです!」
 みきおは、オイラの前に立つとそう言ったんだ。
「ああ、飼ってるのか。ちぇ、首輪くらいつけておけよ」
 なんだか分からないけれど、その大きな人は、いま来た道を戻っていった。
「よかったね。僕のうちにおいでよ。おやつを半分わけてあげるからね」
 え? なんだよ。あ、ちょっと待ってよ、オイラも行くよ。待ってったら!

 みきおはお父さんと一緒に、みきおのうちの隣にオイラのうちを作ってくれた。家の中の食べ物もくれる。人間の中でも優しい人間っているんだな。
 でもオイラがココにいるのは、一緒にいるって約束をしたからだよ。約束ってのは、破ったらハリセンボンっていう痛いモノを食べなきゃならないらしい。やっぱり人間って信用できない。痛い食べ物も家の中に隠してあるってんだから。オイラはそんなの食べたくない。
 あ、みきおだ! あれ? オイラのシッポがブンブンしてる。どうして勝手に動くんだ?
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