アルテーリアの星彩シリーズ

アルテーリアの辞典、他、付録などのある
シリーズContentsはこちら→

「レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜」

第1部1章 降臨の障壁

     1.吟遊詩人

  風に地の命 届かず
  地の青き剣 水に落つ
  水に火の粉 飛び
  火に風の影 落つ

 部屋の入り口近くに立つ、バードと呼ばれる吟遊詩人のつぶやくような歌声が、リュートの音に乗せてやかに流れている。
 ライザナル皇帝陛下との謁見の間だけあって、ひたすら豪華な部屋だ。様々な絵が飾られた壁は、白地に金泊の浮き彫りで模様がつけられている。それはみの少ない硝子のはめ込まれた大きな窓からの夕日を反射し、まるで宝飾品のように見えた。部屋の奥に左右に分かれ、ひどく重たげなゴールドのが二体、それぞれと剣を掲げて立つ。その鎧に防護されるよう、中央一段高くなった上に、金色の彫刻で縁取られ、赤地に金箔の織り込まれた布を張った椅子が据えられている。
 そこにライザナルの皇帝クロフォードが、濃紺のマントを羽織り、悠然と腰掛けていた。ダークブラウンのキッチリまとめた髪に一度手をやったきり、懐かしげに薄緑の眼を細めて聞き入っている。何度も繰り返し歌われるそのフレーズにも飽きる様子がない。その微笑みは五十二歳にもかかわらず、日頃難しく顔をしかめているせいもあり、まるで子供のように見えた。
 クロフォードの前、少し離れたところに小太りの男が一人ひざまずき、灰色の髪を短めに揃えた頭を下げている。だがその緑の瞳は、クロフォードの行動を一時も逃さぬよう、視線を据えていた。

  風に地の命 届かず
  地の青き剣 水に落つ
  水に火の粉 飛び
  火に風の影 落つ

 バードは同じ詩、同じフレーズを延々と繰り返している。ボサボサな茶色の髪に疲れたような水色の瞳、痩せた身体に服装も少し汚れていて、この部屋にはまったくそぐわない。かき鳴らされるリュートもバードと同じだけの旅をしてきたのであろう、手入れだけではどうにもならない傷や色あせた部分が目立っている。
 バードの後ろには、ダークグレイの鎧に身を包み、剣のに手を添える形で立つ騎士がいた。漆黒の瞳と肩までのまっすぐな黒髪を少しも揺らすことなく、バードの動きに気を配っている。その姿は、がっしりとして背が高く、飾りの鎧とはまた違った存在感がある。
 ふと、クロフォードが軽く手を挙げた。カチャッと鎧の男が立てた剣の音に、バードがビクッと身体を固くし、その声と音を押し込んだ。空気がピンと張りつめる。
 挙げた手を静かに置くと、クロフォードは肩が上下するほどの深い息で、場の静寂を破った。それからゆっくりと口を開く。
「この一節が、間違いなく神の守護者と呼ばれる一族の詩ならば」
 誰に聞かせるでもなく独り言のように言うと、クロフォードは前方でひざまずく男へと目を向けた。
「デリック、レイクスはメナウルにいるということだ。連れ戻せ」
御意
 緊張のあまりかすれた声を返し、デリックはグレーの頭をさらに下げる。それを目にすると、クロフォードは鎧の男に視線を移した。
「その一族を捜索するよう指示を出せ。アルトスは前線に戻り、レイクスを連れ戻した後、警護に入るがよい」
「御意」
 アルトスは低い声で答えると、最敬礼をした。クロフォードはうなずくと、今度は視線を左に向ける。
「ただ、気がかりがある。影とは、いったい何を指すのだろうな」
 皇帝の後方、逆光で陰になっていた窓の脇から、黒一色の神官服に身を包んだ男が進み出た。細身で着衣にとけ込むような黒髪に黒い瞳、皇帝クロフォードより少し年長のようだ。薄い唇にわずかな笑みをたたえ、うやうやしく、しかし頭を下げるだけの簡単な挨拶をする。
「所詮、影です。気にする必要はございますまい」
 頭を下げたままで表情の読みとれない神官マクヴァルの言葉に、クロフォードは疑心なくうなずいた。