レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
     2.形見

 アルテーリア地方、メナウルとライザナル、この両国の間に、百二十年もの長い歳月を費やしてきた戦がある。
 ライザナルは太陽神シェイドの加護を受け、神々が住むと言われるディーヴァ山脈の西方、陸地の北方に位置する。その勢力はディーヴァの東に広がるシアネルにも多大な影響を及ぼす。
 一方のメナウルは、ライザナルの南側に隣接し、月の女神であるシャイア神に保護されている。気候は穏やかで作物の収穫も多く、戦があるわりに国民は豊かな生活を送る。
 双方、神の降臨により、その言葉を聞き、力を持った。シェイドは男神であるため、一度降臨すると長い年月同じ身体にとどまった。それに対しシャイアは女神であり、神経質に降臨を繰り返す傾向があった。そして現在、メナウルは五年もの間、シャイア不在の困難な時を送っていた。

   ***

「くそっ」
 フォースは二位の騎士の鎧にマントまでつけたまま、ドアを蹴り開けるようにして自宅の居間に入った。荷物で両手がふさがっていたのだが、手が空いていてもドアを蹴り飛ばしたに違いない。
 ヴァレスがライザナルに落ちた。王女の誕生会のために城都に戻ったフォースを追いかけてきた知らせは、大きな衝撃だった。ほんの五日前には、フォース自身も国境の町ヴァレスを守っていたのだ。犠牲者の多さにも打ちのめされた。こればかりは、戦をしているからと割り切れるモノではない。十四で騎士になって四年、これほどの大きな負けは経験がなかった。
 フォースは、片方の荷物をとなりの部屋に放り込んだ。転がって壁にぶつかったが、気にせずにドアを閉める。ダークブラウンの髪が濃紺の瞳の前で揺れた。
 メナウルよりもライザナルの方が、文句なく国力が大きい。それでも今までは、シャイア神が降臨さえすれば、たいした衝突も無しに国境を元の位置に押し戻すことができていた。そのためシャイアの降臨を望む声が大きくなっているのも、フォースには気にくわなかった。
 聖歌に青が歌われる部分がある。フォースの瞳が他に見られない濃紺なので、女神の使者のように言われることがあるのだ。宝飾品で固められた鎧を着る羽目になったのも、その鎧に飾られたサファイアという大きな宝石が瞳の色と同じせいだ。母譲りの目を嫌ってはいなかったが、鬱陶しいのも確かだった。
 手元に残したカバンの口を開け、椅子の上にひっくり返す。そこに衣類やらなにやら出てきて小さな山ができた。一番底から小さな鍵が落ち、その山で跳ねる。空になったカバンを床に投げると、その鍵を掴んで奥の部屋へ向かった。
 鍵穴のある小型の引き出しに近づくと、鍵を差し込んだ。五歳の時に死んでしまった母エレンが、フォースが大きくなったら渡すと義理の父であるルーフィスに言っていたモノが入っているはずだ。今回初めて鍵を渡され、引き出しを開ける許可をもらった。だが鍵はきちんと奥まで入らなかった。開けてはいけないと父に言われ続け、それでも開けてみたくて隠れてイタズラをした記憶が随分ある。母の形見なのだ、気にならない方がおかしいだろうと毒づく。かがんで鍵穴をのぞき込んでみると、何か奥の方に入り込んでしまっているように見えた。
 フォースは大きくため息をつくと、鍵を後ろに放った。引き出しを乱暴に動かして、とめてある金具の位置を調べ、短剣を抜いて引き出しの隙間に差し込む。奥の金具に刃を向けると、そのまま押し込んだ。ガチッと剣先が金具に当たって止まる。フォースは立ち上がると、その柄に蹴りを入れた。金具を止めたビスが一瞬の悲鳴を上げる。今度はかがみ込むと、短剣をに戻し、取っ手を掴んで力任せに引っ張った。金具が内側に落ちる音と共に抵抗が無くなる。フォースは今までのうっぷんを晴らしたかのように、フッと息で冷笑した。
 急いて壊してまで開けた割には、引き出しをゆっくりと引く。中には木製の箱が入っていた。手にすると、思ったよりもズッシリと重量がある。開けてみると、箱にそぐわないゴールドに反射する光が目に入ってきて、フォースは顔をしかめた。お守りを鎧の内側につけるための金具に似た部分があり、指先でつまみ上げる。そこから五本の鎖が繋がっていて、鎖の反対側に付いているほんの少し縦長の球体が持ち上がった。その表面には繊細な細工が施され、紺色の石がいくつかはめ込まれている。薄い木材でできた箱に重みはあまり残っていない。ほとんどが手にした宝飾品らしきモノの重量だったようだ。
 期待していたのが、なんだかバカバカしくてため息が出た。これを渡してどうしたかったのだろう。宝飾の鎧に付けると合いそうだと思う。フォースにはそれだけ意味のない物に見えた。
 元通り箱に入れて、引き出しにしまい込む。明日には王女スティアの誕生会がある。ヴァレスが落ちたこともあり、間違いなく規模は縮小されるだろうが、出なければならないことには変わりない。宝飾の鎧を付けてスティアのエスコートだ。こんなに面倒なことは他にない。
 フォースは首にかけた鎖をたどり、星の形をした青い石に触れた。会いたい人は他にいる。この青い石、ペンタグラムと呼ばれるお守りを交換した人だ。その面倒な仕事を終えたら会いに行こうと、フォースは心に決めていた。