レイシャルメモリー後刻


   ***

 城門で馬車を降りることはしなかった。御者であるケティカの父親が門番に話しを通しただけで、馬車のまま城門を通って進んでいく。
 進行方向に背を向けて座っていたウィンは、振り返るように馬車の前方を見て、城壁の内側に目を見張った。城壁の中だというのに森のように木々が乱立している部分もあり、川のあるのどかな風景が広がっていたのだ。
「これは……」
 馬車は、両脇に木が植えられた並木道を通り、石橋を渡った。そこで双塔の城門がある内城壁と思われる壁が、さらに遠くに見えてくる。
「はぁ? どうなってんだ、こりゃ……」
 つぶやいた声が聞こえたのだろう、ケティカは声を潜めて笑いだした。
「とーっても広いですよね」
「とーっても、どころじゃないだろう」
 橋が一つしかない川を越えた先に攻め込むのは、容易ではない。兵もたくさん必要になる。城に置いてきたあの金額でさえ、兵を雇うには足りないと思われた。
 外堀に跳ね橋がおり、馬車はその上を通って中へと入っていく。その風景に、今度は声も出なかった。
「綺麗な湖ですよね」
 ケティカがうっとりと湖面を眺めている。その真ん中の島には城壁の外側と数本の尖塔が見えた。馬車は橋の手前を左に折れ、その先にある建物へと向かっている。そこに馬車が数台置かれているのが見えた。
「この先は歩いて渡りますからね」
 ケティカが指差した先は、橋が入り組んでいてまるで迷路のようだ。
 馬車を降り、クルクルとまわりを眺めながら歩くケティカの後ろに続いた。御者の父親は付いていく気がないらしく、馬車の手入れをしている。日差しは暖かで、湖面を渡る風が心地いい。この気候にすらなだめられているようで、ウィンはムッとした顔で歩いていた。
 小さな跳ね橋を渡り、湖に面した壁の内側へ行くと、もう一つの内壁が見えた。
「これが最後の城壁ですよ」
 ケティカはまわりに咲いている花の間を、スカートを揺らしながらフワフワと進む。これが最後の城壁ということは、四重の壁に守られているということだ。しかも、川があり、城のまわりは湖ときた。どうやって攻め込んでいいやら、想像もつかない。
 最後の城門を通ると、ようやくルジェナ城が姿を現した。マクラーン城を思い出させるその外観は、白っぽい石でできているためか非常に大きく見える。しかも、手入れされた庭が広がっていて、敷地も尋常でなく広い。
 それは、フォースが皇帝クロフォードの息子なのだという事実を、ウィンに突き付けていた。フォースに敵を打つことは、皇帝を心酔していたダールにとって、逆に追い打ちをかけることにもなるのかもしれない。だがウィンは、それでもあきらめたくないという気持ちが、自分を支配していることをも感じていた。
 ダールは死ななくてもよかったのだ。そう考えるせいだとウィンは思う。フォースに殺されることがなければ、今この世界で幸せに暮らしていたかもしれない。それを。
「どうしたんですか?」
 すぐ目の前にケティカが顔を出した。その心配そうな顔に苦笑を返す。敵を討つために、自分を奮い立たせる必要があることが悔しい。
「すげぇ所だと思ってな。これじゃあ、一生かかっても無理だ」
「そんなこと無いですよ。レイクス様は気さくな方ですから、会ってくださるかもしれません」
 会える会えないの話しじゃない、と思いながら、ウィンはただ笑みを返した。
「門番の人に聞いてみましょうよ」
 そう言うと、ケティカは近づいてきた門に向かって走り出した。その背を追いかけることはせず、ウィンは自分の速度で歩み続ける。
 攻め込むことが不可能なら、できることは一つだ。隠し持っている短剣で、フォースの胸を一突きすればそれでいい。そう思い、短剣を服の上から確かめてから、ケティカの声のする門をのぞいた。
「リディア様の所にいらっしゃるなら、今日はお会いできないですね」
 ケティカの盛大なため息が聞こえた。
「一応何でも話しを通せと言われてはいるんだけど、それをやっちゃうとレイクス様の身が保たないからね。側近結託して、必要なこと以外は避けてもらうようにしてるんだ。ゴメンね?」
 向き合っている兵士が、ケティカをめるように優しい声を出す。ウィンはその顔に見覚えがあった。どこで会ったのだろうと記憶をたどる。ふと、その兵士がウィンに視線を向けた。
「ウィン!」
「ああっ?!」
 兵士とウィンの声が重なった。
「てめぇ、あの時の!」
 正面から顔を見て、ウィンの記憶がった。城都の城でフォースがリディアを護衛していた時、フォースに付き従うように一緒にいた兵士だ。メナウルの兵士がルジェナにいるということは、のごとく、フォースにちょこちょこと付いてきたのだろう。
「鴨の雛か、てめぇは!」
「なんとでも言えっ」
 その兵士は吐き捨てるように言ったが、顔は笑っている。
「俺はブラッドって言うんだ。便宜上覚えておけよ」
「ってことは、何か特典があるんだな?」
 期待をせずに聞いたウィンに、ブラッドが笑みを向けてきた。
「会うか?」
 事も無げに言ったブラッドの顔を、ウィンは呆気にとられて見つめた。構わずにブラッドは先を口にする。
「話しを通すぞ? ウィンのことは気にかけていらしたから、リディア様が今特にお悪いのでなければ、会っていただけると思うが」
 ウィンの袖がツンツンと引かれた。振り返るとケティカが腕を取り、不安げな顔をブラッドに向けていた。
「リディア様がお悪いって、ご病気なのですか?」
「あ、いえ、そんなにたちが悪いモノでは……」
 慌てたブラッドが、苦笑を浮かべている。ウィンは納得して口を開いた。
「ああ、もうできたのか。手が遅いんだか早いんだか、分からん奴だな」
 ブラッドは、その言葉にブハッと吹き出すと、盛大に笑い出した。ケティカは訳が分からずキョトンとしている。
「子供ができたんだそうだ」
 ウィンがそう伝えると、ケティカは目を丸くした。
「本当ですか?! だったらお祝いしなくちゃ!」
 踊り出しそうな勢いのケティカに、ブラッドは笑いをこらえつつ首を振ってみせる。
「いや、申し訳ないが内密に願いたい。知らないと言わなければならないところを笑ってしまった」
 ブラッドは、まだノドの奥でクックと笑い声を漏らしている。それにしても、どうしてブラッドは自分に敵意を示さないのかと、ウィンは不思議に思った。だが本当に敵意がないのなら、城を案内させることも可能かもしれない。ウィンはふざけているように薄い笑みを浮かべ、顔をブラッドに寄せた。
「秘密にしてやるよ。会わなくてもいい。そのかわり、見せてくれないか? 城の中」
 ウィンの提案をキョトンと見つめたあと、ブラッドは笑みを浮かべた。
「お安いご用だ」
 本当に承諾の返事が返ってきて、ウィンは一瞬呆気にとられたが、すぐに笑みを取りった。バレなかったかと焦る間もなく、ケティカがキャアキャア騒ぎ出す。
「凄い、見せていただけるんですか?! 嬉しい!」
 一緒に行くとは言ってない。だがその行動は、見せてやりたかったから言ってみたという口実にもなる。
「ウィンさん、ありがとうございます!」
 ちょうどよく言われたお礼の言葉に、ウィンは満面の笑みで答えた。

   ***

 最初から大きく作ることを前提にされていたのだろう、ルジェナ城は単純な作りをしていた。地下は使用人の空間。一階にはフォースやリディアの寝室を含め、王族の個人的な空間が多くとられている。二階は客間や謁見の間などの訪れる者のための場所が多く、三階、四階には様々な大きさの広間や、それに関連する控えの間などの部屋が配置されていた。
 王族の部屋が一階にあるのは、ここまで攻めることは不可能だとの自信だろうかとウィンは思う。だが、軍隊ではなく刺客が来たら危険だろう。なぜこんな配置になっているのか疑問だが、少しでも目的を悟られないために、それをブラッドに聞くことはできなかった。
「階段、疲れます」
 ケティカは息切れの混じった声で訴えてくる。この上は屋上になっているはずだ。そこから見れば、まわりの状態が一目で分かるだろう。
「もうすぐですよ。景色を見たら疲れなんて吹っ飛びます。よかったら、引っ張りましょうか」
 ブラッドはケティカに手を差し出した。いいんですか、とその手を取ったケティカを引っ張って上っていく。楽ですとか、ありがとうとか言うだろうと思ったが、ケティカは黙ったまま手を引かれていった。
「凄い!」
 外に出たケティカの大きな声を聞きながら、ウィンも屋上に立った。
「これは……」
 城を囲んだ四重の城壁のうち二つが、湖の真ん中にある島に建っている。城の前面、陸近くに浮かぶいくつかの小島を繋げた所に次の城壁が見え、その向こうは、城に入るときに通ってきた橋と川がある。
 攻め入る策を立てられないまま、ウィンは湖を見つつ後方に移動した。外側から二番目の城壁は城側面で無くなったが、湖を囲むように建っている一番外の城壁が、途中から湖の水をさえぎるように、水中からそそり立っている。
 後ろ側に門はない。城壁を壊して入ったとしても、湖が広がっている上に内側二つの城壁は高い。後ろ側からの侵入は無理そうだ。あまりの手の無さに、ウィンはハッと息で笑った。
「一体どうやって建てたんだ……」
 そのつぶやきを聞いていたのか、ブラッドが得意げに笑みを浮かべる。
「城を建てた後に水を引き込んだそうだ。当然深度も結構とってある。おかげで警備は楽だぞ」
 これでは奇襲をかけたとしても、肝心の城にたどり着くまでに時間がかかってしまう。しかもラジェス、下手をしたらメナウルからも援軍が到着してしまい、完全に挟まれることになるだろう。そうならないだけの大きな軍など、個人で作れるわけがない。やはり自分でやるしかないのだ。そう思いながらウィンは深く息を吸い込んだ。
「そういえば、ゴートで死んだ諜報員、ウィンの仲間だよな」
 その言葉に振り返ると、ブラッドは眉を寄せて階段を見下ろしていた。
「そうだが」
 復讐を考えていることを悟られたかと勘ぐり、硬い声が出た。
「ウィンさんって諜報員だったんですか?!」
 ケティカが目を丸くして大声を出す。
「いいからお前はあっちに行ってろ」
「ええー?」
 不満げな声を出したケティカに、ウィンはみをきかせて屋上の隅っこを指差した。ケティカは渋々その角へと歩いていく。ウィンは、黙って下の方を見ているケティカから、視線をブラッドに戻した。
「話しはなんだ」
「いや、あれが切っ掛けで雛になったようなモノだからな」
 思いも寄らぬ言葉に、ウィンの身体に緊張が走る。
「……、どういうことだ?」
 その問いに、ブラッドは小さく息をついてから、ウィンと視線を合わせた。
「隊長とリディアさんと三人でミューアの屋敷を調査していた時、隠れていたそいつが襲ってきて、隊長が剣を合わせたんだ。まぁ余裕で強かったから、俺はリディアさんに何か無いようにと見ていただけだったんだが」
 そこまで言うと、ブラッドは視線を落とした。
「そいつ、逃げようとして体勢を崩して、剣と一緒に頭から階段を落ちたんだ。隊長は手すりを滑っていって身体で止めたんだが、」
「ちょっ、ちょっと待て」
 ウィンが止めると、ブラッドはしげに視線を上げた。
「今、……、体勢を崩してって言ったか?」
「そうだけど」
 でも、それではおかしいとウィンは思った。フォースは自分が殺したと言ったのだ。それは何度も聞いている。
「フォースが突き落としたんじゃないのか?」
 ブラッドは、軽く首を横に振る。
「いや、それはない。隊長とそいつの間に少し距離があったから見えたんだが、あいつ、を手すりにぶつけて、背中から階段に落ちたんだ。そのまま剣と一緒に転がった。首の血管が切れていてひどい出血で……。間違いなく事故だ」
 事故という言葉が、ウィンの頭で鳴り響いた。しかもブラッドは、フォースが身体で止めたとも言っていた。
「そいつ、抱き起こされて、最後に笑いながら、クロフォード陛下、って言いながら隊長に手を伸ばしたんだ。今思うと、やっぱり似ていたからなんだろうな」
 フォースのその顔なら知っていると、ウィンは思った。ヴァレスからライザナルへの道中、ダールを羨ましいと言った時の顔だ。あの時、悲しげに目を伏せたフォースの表情が、クロフォードのそれと重なった。
「ダールを羨ましいと……」
「隊長が? ああ、リディアさんがあいつにシャイア神の祈りを捧げていたからかな。戦場で死ねば、叶わないわけだし」
 殺したと言ったのは、救えなかったという意味だったのだろうか。その言葉の響きには、嘘は見えなかった。見破れなかったというのか。
「その事故が起こった時は、まだリディアさんがどうして狙われているか分からなかったんだけど。リディアさんが、あいつが死んだのは自分のせいだって言ったら、なにバカ言ってる、俺が殺したんだ、って」
 そこまで言うと、ブラッドは控えめに笑った。
「その上、あいつの残したほんの少しの言葉から、お前らの目的とかキッチリ導き出してな。そうか、守るってのはこうやるんだって、えらい感動したんだ」
 すべてが、自分の勘違いからきたことだったのだろうかと、ウィンはハッと息で笑った。
「結局は巫女に惚れてたからじゃないか」
「まぁ、リディアさんにはな。でも、ウィンだって守られてたじゃないか。隊長から直接聞いてたんだろ? あいつを殺したのは俺だ、って」
 それはウィル自身が一番認めたくないことだった。だが、認めたくないと考えるのは、事実だからだ。自分が何をしてでもと生きてきたのは、その言葉があったからなのだ。
 そう、反目の岩で不要だと言ったアルトスが自分を斬ろうとし、図らずもフォースに守られてしまった時も。敵を討つまでは死ねないと、それだけが糧になっていた。
「くっ、くそったれっ、もうどうにでもしやがれ!」
 ウィンは隠し持っていた短剣を取り出し、ブラッドに押しつけるとその場に寝ころんだ。驚いたケティカが駆け寄ってきた。
「ウィンさんっ?! 何やってるんですか、起きてくださいよぉ」
「そうだよ、起きろよ」
 ブラッドが一緒になって声をかけてくる。
「バカやろっ、俺はフォースを殺そうと思ってここに来たんだぞ?! そんな罪人を放っておいていいのか!」
 叫んでいるうちに、ウィンは自分にもフォースにも腹が立ってきた。もう、本当にどうでもいい。フォースの思い通りになんぞなってやるものか。暇つぶしの相手もしない。絶対するものか。
 ブラッドがため息をつき、短剣を右手に持った。
「えええ?! 兵士さん、何するんですか、待って!」
「どいてろ」
 ブラッドがケティカを押しのけて、すぐ脇に立った。そのブラッドを見て、ウィンはガッチリと目を閉じる。
「さぁ、殺せ! 殺しやがれ!!」
 そう叫んだ胸に、短剣が鞘ごと降ってきた。軽い衝撃に息が詰まり、一瞬何もしゃべれなくなる。
「へ、兵士さん……」
 ケティカは、腰が抜けたように隣に座り込む。
「て、てめぇ!」
 上半身を起こしたウィンに苦笑して、ブラッドは頭をかいた。
「本気で暗殺を考えていたなら、そりゃ殺してもいいんだろうけど」
「俺は本気だ! なんだったらこれから行って殺してやる!」
「ウィン、知らなかったんだな」
 まだ何かあるのかと思いながら、ウィンは精一杯の声を出す。
「何をだっ」
「いや、ルジェナ城には、敵意を持つ人間が入れないように、術がかかってるんだ」
 ウィンの頭の中が、一瞬で真っ白になった。
「はぁっ?! な、な……」
「だから、ウィンはここに来た最初から、隊長に対する敵意は持っていなかったってことだ」
 敵意はいくらかでも持っていたはずだった。だが、奮い立たせるなどという行為が必要だったということは、すでにその気力は残っていなかったのかもしれないと思う。自分はただ、フォースの真意が知りたかったのだろうか。そして、それ以上にダールのことを知ってしまった今は。
「そろそろ素直になった方がいいと思うぞ」
「なんだって?」
「俺にはウィンも鴨の雛に見えるんだけど」
 思わず呆気にとられた。ケティカがクスクスと笑っている。笑いをこらえているブラッドの顔にムカッときた。
「ケティカ、帰るぞっ」
「ええー? もうですか?」
 階段まで歩を進め、ブラッドを振り返る。
謀反を起こしたくなったら、いつでも城に来い。快く迎えてやる」
 ウィンの言葉にブラッドは、頼むよ、と手を振ってよこした。付いてこないところを見ると、敵意を持つ人間が入れないという術は、本当にかかっているのだ。その点が不安なら、絶対付いてくるだろう。
 階段を一階まで下り、入ってきた出入り口へと向かう。途中で数人の兵士とすれ違ったが、彼らは皆、明るく敬礼をしながら通り過ぎた。
 城に入ってきた時は、自分が何をするべきかめていなかった。軍を組織するべきか、個人で暗殺を企てるか。もしかしたらそのどちらも、実行に至らない、ただの迷いだったのかもしれない。
 そして、ダールは事故死だったという事実を理解してしまった今、反目の岩へ向かう途中に持った疑問も、破綻することなくすべて解決したことになる。しかもフォースが事故死だったモノを殺したと答えることで、巫女と同じように自分までを救っていたことも認めてしまった。
「あの城を拠点にレイクス様の敵を集めて、反乱を起こすつもりなのですか?」
 ケティカがボソッと小さな声で聞いてきた。自分がどうしたいのか、それはすでにウィンの目には見えていた。
「どうするかな。まぁ、謀反を起こしそうな奴は集めるんだが」
 心配げに眉を寄せたケティカが、ポンと手を叩く。
「そういえばあの城、レイクス様を裏切ろうなんて思ったら、出るかもしれないってジェイさんが言ってましたよ」
「は? 出るって幽霊か?」
 そうです、とケティカがうなずいた。
「詳しくは聞いていないのですけど、レイクス様と元の持ち主さんの間で、恩があったり無かったりするって」
「無いんじゃ関係ないだろう」
「微妙な関係って言いたかったんです。察してください」
 へぇ、と返事をすると、ケティカはニッコリ微笑んだ。ちょこちょこと駆け出し、並んでいる窓の一つ一つから、順に外を眺める。
 ケティカは、ウィンが謀反を起こしそうな奴を集めると言ったことを気にかけ、フォースを殺そうとしているのではと心配しているのだろう。だが、ウィンの気持ちはケティカの想像と違っていた。
 今のウィンになら、謀反を起こしそうな奴を集められ、行動も動向も楽に探れる。集めておけば楽に監視できるのだ。だが、ただ役に立とうとも思っていなかった。もしフォースが圧政をひくようなことがあったら、かなわないと分かっていても、本気で対峙してやろうと思う。フォースなら、それで何か感じてくれるはずだ。
「あ、ウィンさん、あれ、レイクス様ですよ!」
 その指差した先に、リディアを連れたフォースの後ろ姿があった。
「こら」
 不意に窓を開けようとしたケティカを、止めに入る。
「なんでも触るな」
「でも、ご挨拶したいです」
「相手が相手だから別にいいんだが、窓から手を振るのは失礼だぞ?」
「あ! そうですね」
 もう少し行ったら出入り口だ。ケティカは半分駆け足で外に出ると、振り返ってウィンを待っている。フォースの方へ視線を移したケティカが、赤くした頬を手で覆った。
「なんだ、やっぱり惚れてるのか」
「違いますよぉ」
 そう返しながら、ケティカの視線は動かない。その視線を追ってウィンは納得した。なんのことはない、二人がキスしているのを見ていたのだ。
「素敵ですよねぇ」
 力の抜けた笑みを浮かべているケティカの横を、ウィンは城門の方向へと通り過ぎる。
「行くぞ」
「ええ? でもー」
「バカ、邪魔なんかしたら、ホントに呪われるぞ」
 そう口にすると、訳の分からない笑いがこみ上げてきた。ケティカは渋々後から付いてくる。
「なに笑ってるんですか」
 ああしてフォースが変わらずにいるうちは、術に引っかかることなく、自分はこの城にも自由に出入りできるだろう。これから先、自分が組織する軍の力を、発揮する機会がこなければいいと思う。
 そのまま振り返ることなく、湖面に映る晴れた空を楽しみながら、ウィンはルジェナ城を後にした。



hiroさまにいただいたリクエストの品です。
ウィンのその後は本編で書けていなかったので、書けて嬉しかったです。
リクエスト、ありがとうございました。m(_ _)m