レイシャルメモリー後刻


   ***

 結局そのまま何事もなく朝を迎えた。リディアもやはり緊張していたのか、朝日が差していくらも経たないうちに目を覚ました。リディアの見た夢が、リディアだけではなく、まだ俺の感情をも支配している。
 俺が夢から逃れられないのには、二つの理由があった。
 一つは、亡くなった城主の夫である現在の城主の肖像が、一つも見あたらないことだ。いくら一人で使っている城だからとはいえ、自分の大きな肖像だけを飾って夫の肖像を置かないなどと、とても不自然な気がする。夫婦どころか、もしかしたら他人なのではとさえ思う。
 それともう一つ。眠くならなかったのは、夢と同じように睡眠薬でも盛られたのかもしれないからだ。俺の母の種族、神の守護者などと呼ばれる種族は、薬がそのまま薬として働かない。ただの傷薬が傷を治すどころか吐き気をもよおす作用を持っていたり、毒が水と同じだったりする。睡眠薬で覚醒作用が現れても、なんら不思議ではない。
 リディアもそれを理解していて、俺が眠くならなかったと伝えると、一番先にそこに思い当たったようだった。
 薬を盛られていたにしても、俺はそのまま身体に入れている。城の人たちは、薬を飲ませたと疑われているとは思っていないかもしれない。このまま気付かないふりで外まで出られるなら、まずはそれが一番だ。外に出てしまえば、わざわざ城の人間に山賊かと聞かなくても、夢は夢だと確かめる方法はいくらでもある。
 俺はリディアと城を出る準備を整えて廊下に出た。広間の方へ行くと執事が横切るのが目に入り、呼び止める。執事は姿勢をただしてから、深々と頭を下げた。
「おはようございます。昨晩は使用人が大変失礼をいたしました」
 これだけしっかり頭を下げられると、その表情はうかがい知れない。俺は頭を上げるように促した。
「間違いは誰にでもあることですから」
「ありがとうございます。この城を引き継いでまだ時も経っておらず、使用人も不慣れなゆえ、申し訳ございません」
「いえ。そんなことより、泊めていただけて助かりました」
 これだけ言葉を交わして、ようやくいくらか顔を上げた執事は、ホッとしたように表情を緩めている。
「朝食を用意しますので、食堂でお待ちください」
「すみません、せっかくですが、仲間がラジェスで待っているのです。すぐにでも発たせていただきたいと」
「そうですか。では、準備をさせていただきます」
 執事は、再び頭を下げると、急ぎ廊下へと入っていった。
 出発の準備は早かった。といっても、乗ってきた馬を表に連れてくるだけだが。おきまりの挨拶をして礼を述べ、城主、執事、使用人の合わせて三人に見送られながら、その城を後にする。リディアは気付いていないようだったが、もう一人、脇にある小屋の窓から、こちらを伺っている顔が見えた。
「これからどうするの?」
 城の門をくぐり、道に出てすぐに、リディアが尋ねてきた。確かに、こんなに後ろ髪を引かれたままラジェスへ向かうのは性に合わない。
「そうだな。見渡せてキレイだろうから、あの崖の上へ行ってみよう。どっちにしても無駄にはならないだろう」
「いいの?」
「それでハッキリするなら、そのほうがいい。ジェイを待たせてしまうけど」
 振り返ると、既に城主、執事、使用人の三人はその場を去り、もう一人も窓から消えている。道をどっちへ行ったかなど、見られる心配もない。俺は、昨日の地図にあった崖へと続く方角に、馬を進ませた。

   ***

 崖の上が近づくにつれて、リディアの顔色が冴えなくなった。無理もないと思う。景色は美しかったが、直接夢を見ていない俺でさえ、見て楽しむような気分には全然なれない。
 崖を通り抜ける道に少し入って馬をぎ、徒歩で崖の上に出る脇道へと入った。リディアは俺にピッタリ寄り添い、木々でふさがれた周りを見渡している。
 少しだけ道が広がった場所に出た。いくらか獣の匂いがする。木の幹を見ると、何かで擦れたような跡があった。馬を繋ぐための場所だろうか。
「なんだか、見覚えがあるような気が……」
 リディアがつぶやくように言った言葉で、俺は一層まわりに気を配った。道がゴツゴツと岩っぽくなり、木々の隙間から漏れてくる日差しが多くなってくる。
 少し足を進めると、目の前に緑の展望が広がった。だが、視線は崖の縁に沿った道の先にある岩穴に釘付けになる。
「ここ……」
 リディアの顔から血の気が引き、足がすくんだように立ち止まった。夢で見た景色と、同じだったのだろう。
 その時、岩穴から一人の男が姿を現した。視線がこっちを向き、異様に驚いた顔になる。
「お、お前は?!」
 一歩後退ったその場所が、ガラッと乾いた音を立てて崩れ、男が崖下に落ちた。息を飲んだリディアを、左腕で抱き寄せる。あまり高くはないが、ここからでは下に生えている木の陰になってよく見えない。
 すぐ後ろで岩の道に石が擦れる音がし、ハッとして振り返ると、城の小屋にいた奴が大きめの石を振り上げていた。俺は反射的にその腹に蹴りを食らわせる。その男はバランスを崩してしりもちをつくと、持ち上げていた石を自らの胸で受け止める格好になった。ぎゃあ、というその悲鳴を聞きつけたか、岩穴から短剣を持った奴と、俺と同じくらいの長剣を手にした奴が出てくる。
 最初に飛びかかってきたのは、短剣を持った方だった。ほんの少し身体をひねって短剣を避け、腕をつかむ。その腕を手前に引き、腹に膝を入れて屈んだところに、首筋めがけて肘を落とした。俺はリディアを左腕に抱いて、気を失い地面にへばった男の横を通って前に出る。
 もう一人の奴が、長剣を構えた。恐怖だか怒りだか分からないが、切っ先が揺れている。俺は嘲笑を浮かべてゆっくりと剣を抜いた。牽制の意味も込めて、後ろにいる男に一瞬だけ視線を送る。それを隙と取ったのか、長剣の男が剣を振りかぶった。それこそ思うつぼだ。俺は男の剣のガードをめがけて突きを出した。剣の重みで右腕を後ろに引っ張られ、大きく体勢を崩した男のみぞおちに剣の柄を叩き込む。
 仲間がくずおれるのを俺とリディアの後ろで茫然と見ていた城にいた奴が、うわぁ、と叫び声を上げて、木々の間へと駈け込んでいった。
 城の奴らに知らされるのは面倒だが、足元で気を失っている奴らに気付かれて加勢されるのはもっと面倒だ。サッサと何か見つけて木にでも縛り付けてしまった方がいい。
「フォース。みんな見覚えが……」
 腕の中から見上げてくるリディアに、俺はうなずいて見せた。あの使用人がいたということは、城の奴らも本当に山賊なのかもしれない。
 崖の奥まで行き、岩穴をのぞく。その片隅には、引っ越し途中のように荷物が積まれていた。
 俺はそこからロープを取ってきて、気を失っている二人を離れた場所に縛り付けた。まだ必要になるだろうと、持ちやすいようにロープをまとめる。
 そんな作業をしている間、リディアはしきりに崖下を気にしていた。あの夢が本当にあったことなら、この下には城主の遺体があるはずだ。さっき落ちた奴のことも気にかかる。俺とリディアは崖下へ向かった。

   ***

 その場所は容易に見つかった。落ちた場所で意識を取り戻したのだろう、男があげた叫び声が聞こえたのだ。
 男の側へ枝を分けて出て行くと、そいつはまた悲鳴を上げた。見ると、折れてしまったのだろう、両足があらぬ方向へと曲がっている。
 そしてもう少し崖側には、五、六日は経っているだろうか、女性の遺体があった。胸には短剣が深々と刺さっている。
「あ、あんたは誰だ?!」
 やはり幾らかは似ているのだろう、その男は震える声でリディアに問いを向けた。
「答えてやる必要はないよ」
 俺の言葉にうなずくと、リディアは俺に寂しげな笑みを向けてから遺体の側へ行き、脇にひざまずいた。リディアは遺体から短剣を抜いて女性の胸の上に置き、そこに遺体の手を重ねる。
「もう神殿の人間じゃないのだけれど」
 そうつぶやくと、リディアは胸の前で手を組み、シャイア神の祈りを捧げている。俺は男の所へ向かい、側に立った。
「あの城はこの女性のモノで、お前ら山賊が乗っ取った。そういうことか」
「なぜそれを?!」
 男は驚いて俺を見上げた。どうしてリディアが現実そのままの夢を見たのか、こっちが聞きたい。返事をしない俺に、男はリディアを指差した。
「そうか、その女なんだな? いったい城主の何だ? 妹か?」
 声をかけられて顔をしかめ、リディアは男に視線を据えた。
「昨晩この人が教えてくれたの。七人の山賊に、ひどい目にあったって」
「まさか、そんなことが……」
 男の顔から、ますます血の気が引いていく。俺はそいつを放ってリディアの元へ行き、立つように促した。遺体の髪を撫でてからゆっくり立ち上がったリディアを横から支え、男に背を向ける。
「お、おい、待ってくれ。俺も連れて行ってくれっ」
 そんな義理は微塵もない。俺は男を振り返った。
「寂しかないだろう。その人がいてくれる」
「バカ野郎、なに言ってっ。一人の方がまだマシだ」
「あいにくだが、俺は二人でいたいんだ」
 その言葉を見上げて微笑んだリディアに、笑みを返して口づける。
「だ、なっ、ちょっ、ちょっと待てえっ」
 慌てはじめた男に、俺は肩をすくめて見せた。
「城に寄って街に着いたら人を寄こしてやる。それまでここにいるんだな」
「お前が死んだら、俺はどうなるんだ?!」
 そいつは自由にならない足をさすりながら、情けない顔を向けてくる。
「あ、そうか。じゃあ、俺が無事に街に着くように祈ってろよ」
 俺とリディアは、助けてくれ、とわめいているそいつを置き去りにして、城へと向かった。

   ***

 裏門の陰に馬を繋いで、束にしたロープを肩にかけ、俺はリディアを連れて城に侵入した。夢によると山賊は全部で七人だという。崖の上の二人、崖下の一人を除けば、残りは城主、執事、使用人と、あとから崖に来て後ろから襲って逃げた奴の四人だ。
 七人という数字をまるきり信じ込んでしまうのは危険だが、どこか疑ってはいけないように感じるところがある。ラッキーなことに、七人の顔は全て見ているので、知った顔以外が出てきた時は、逃げに転じなければと心の片隅で思う。
 廊下を進んでいくと、どこからか怒鳴り声やガチャガチャと金属のぶつかる音が聞こえてきた。武器でも用意しているのだろうか。やることはえげつないが、ずいぶん呑気な奴らだ。周りに気を配りながら、リディアとそっと音のする方へ進む。
「まったく。あの男、騎士か何かか?」
 リディアに廊下を見ていてくれるように頼み、声の漏れてくる部屋をのぞき込む。どうも倉庫のようだ。崖の上で見た奴が見え、見つからないよう顔を引っ込める。
「あの男を眠らせられなかったのが、そもそもの原因だろう。薬の量を間違えなければ、血で汚すことなくあの男の身ぐるみをいで、女も抱けたんだ」
 使用人の声に、思わずリディアと顔を見合わせる。
「そうともよ。あんないい女滅多に……」
「間違えてなぞいない」
 妙に落ち着いた声は聞き覚えがある。執事だ。
「だったら、なぜ夜中に侵入したら起きている、なんてことになるんだ? しっかり帯剣までしてやがって」
「あれで眠り込まないなんてありえない、何度も言わせるな」
 やはり、城主の恋人と同じように、自分にだけ睡眠薬を盛られていたのだ。どうりで眠れなくなったわけだ。普段はわしいだけのこの血に、思わず感謝したくなる。
「逃げた方がいいんじゃないのか?」
「バカ野郎、せっかく手に入れた城を手放せってのか? こっちは何人いると思ってるんだ」
 崖の上で会った男の、音と声が近づいてくる。
「あと四人しかいないじゃないか。えらく腕が立ちやがるんだ。見ていないからそんな」
 ゴチャゴチャ話しながら男が部屋から出てきて、こちらを向いた。すぐ側で目を見開き、口も開いたまま固まっている。
「おめいただいて」
 俺は思わずそいつに微笑みかけ、拳でみぞおちを突き上げるように殴った。気を失ってのびた男の手から、リディアが鞘ごと剣をう。
 部屋の入り口に立つと、執事と使用人がこっちに目を向け、慌てて立ち上がった。後ろの奴が気付くより先に、そして出来ることならもう一人が来る前に、こいつらを伸してしまいたい。俺はリディアを連れて倉庫へ入った。執事が睨みつけてくる。
一宿一飯の恩義がこれか」
「だから、直接この城の主人に返しているんだろうが」
 俺の言葉に、執事はフッと苦笑いを浮かべた。
「それにしても、女を連れて戻ってくるとはいい度胸だ」
「一人で置いておくよりはいいだろう。たいしたことない。なにせ、相手がお前らだからな」
 剣を持つ手をしている奴は、七人の中に一人もいなかった。それでも俺の言葉に、執事と使用人は憮然とした表情になる。俺はさらに冷笑を向けた。
「まぁ、でも良かったじゃないか。本気でやらなければならない相手なら、生かして捕まえるなんて考えていられない」
 俺はゆっくり右にずれて、リディアを部屋の角にやり、奴らに向き直った。
「こんな、クソ重いモノも持ってこなくてよかったんだけどな」
 俺がロープを置くのを合図にしたように、奴らは同時に剣を出してきた。執事が左からいできた剣を腕に沿わせた鞘で受け、使用人が振り下ろした剣は剣身で受け流す。執事が俺の後ろに入り込もうと踏み出した足を蹴り飛ばしながら、背の真ん中を鞘で殴って転ばせ、使用人の突きを剣ではじき身体は思い切り蹴飛ばした。
 使用人が起きあがる前にと、執事の後頭部に狙いを定めた時、鞘に収まった剣がちょうどその頭に振り下ろされ、ゴンと大きな音を立てた。何かと思って剣をたどって見ると、リディアがニッコリ微笑んでいる。
「彼女の恋人のかたき」
 その声が聞こえたか聞こえないかは分からないが、執事は持ち上げかけていた頭を床に落とし、意識を失った。
 リディアに笑みを返して、俺は立ち上がった使用人に向き直った。城主に成り済ましていた奴が、慌てた様子で駈け込んでくる。
「お前ら、なんてだらしない!」
「バカ! 隠れていて後から助けてくれればよかったんだ!」
 情けない会話だと思いつつ、言い返した使用人に、そうだな、と同意してやる。
 畜生、と叫びながら、使用人が斬りかかってきた。まっすぐな剣を難なく受け流すと同時に腕の下へと入り込み、みぞおちに肘を入れる。
 俺に覆い被さるように倒れてきた向こう側から、仲間ごと俺を斬ろうというのか、城主に成り済ました男が剣を振り下ろしてきた。俺は抱きとめた格好の男を傷つけないよう、その剣を鞘で受ける。
「最低だな」
 攻撃に失敗して身体を引いた男に言葉を投げ、俺は使用人を床に転がした。
「頭首はお前か?」
「そうだ」
「城を乗っ取るだなんて、ひどいことをしやがる」
「ひどい? どっちがだ。この城だって、元々は俺のモノなんだ」
 睨みつけているからか、怒りからか、男の声がいくらか震えている。
「両親が死んで維持が出来ないからって安く買いたたきやがって。俺はただ取り返しただけだ!」
 その言葉に、思わず嘲笑が口をついて出た。
「取り返した? 何をだ? あんたは誇りを失っただけだ。何も取り返せてなんていない」
 男は目を見開くと、剣を持っていない方の手で作った拳を震わせた。
「肉親を失う気持ちが、てめぇに分かってたまるか!」
 そう言いつつ振りかぶった隙だらけの剣を、俺は素直に剣で受けた。
「その気持ちなら充分に分かるさ。だけど、お前の気持ちは理解したいとも思わない」
 俺は剣を押し返し、その勢いのまま剣のガードをめがけて突きを出した。男の手から剣が離れ、剣を目で追った首に手刀を打ち込む。飛んだ剣が離れたところで床に落ちて、乾いた音を立てた。
 リディアにロープを取ってもらい、男がもうろうとしているうちに縛り上げ、城主の部屋まで歩かせてベッドの足に繋いだ。他の三人も同じように縛り上げ、執事は玄関へ、他二人は倉庫や台所へと、何をしていた奴か分かりやすいようにバラバラな場所にくくりつける。
 裏口から外に出る時、気がついた頭首がわめく声が響いていた。
 後は街に行って然るべきところに知らせるだけだ。俺とリディアは、騎乗して城を後にした。
「もっと早く来てあげられたら……」
 リディアは悲しげな瞳で崖下の方角を見つめ、小さくつぶやいた。
「こういう賊を殲滅すること、少しでも治安をよくしていくこと。俺たちに出来ることを地道にやっていくしかない」
 まだいくらか寂しげだが、リディアは柔らかな笑みを浮かべる。ええ、と返事を返した唇に、俺はそっと唇を重ねた。
 街へ降りたら、ここのことを報告して、全てを片付けてもらおう。城主の遺体も、どこかにある城の使用人や城主の恋人の遺体も探し出して、丁重に葬ってもらえるように頼もう。
 ラジェスへ向かう分かれ道まで戻った時、道らしい道ではない方へ入っていたことに驚いた。ここを通る時には、すでに城主に呼ばれていたのかもしれない。俺に睡眠薬を盛らせ、リディアに夢を見せるために。

   ***

 後日、あとはマクラーンに入るだけという日のことだ。俺たちが取っている部屋に、報告書が来たとジェイが入ってきた。城のある土地の騎士からのモノらしい。ジェイは部屋へ入ってくると、ベッドに並んで腰掛けている俺とリディアに向き直る。
「あの城へ行った時、何をしにそんな脇道へ入ったんです?」
「だから言っただろう。きっと城主に誘われたんだ。その脇道しか見えなかったんだから」
 ジェイは、いかにも楽しそうにニヤニヤと笑う。
「リディア様に見とれていたのではないですか?」
「それ、山賊も言ってたな」
 その言葉に、ジェイはブッと吹き出すと、無理矢理張り付けたような笑顔を見せた。
「いえ、どうか出来るだけ危険なことは避けてください。どうしてわざわざ自ら出向いたりなさるのか、理解不能です」
 難しい顔のジェイに、俺は憮然とした顔を向けた。
「どうしてって。夢の中でもリディアに無礼を働かれれば腹も立つだろ」
「はぁ? 何言ってんですか。夢ですよ? 腹なんか立ちませんって、普通」
 こんなに力一杯否定されたら、俺は苦笑するしかない。リディアは恥ずかしそうに頬を染めてうつむいている。
「ホントにレイクス様の動機って、何をするにしても……」
 ジェイは身体中の力が抜けたような笑みをリディアに投げた。
「あ、あの、ごめんなさい。私……」
 ジェイを見ながら軽く頭を下げたリディアに、ジェイは慌てて両手の平を向ける。
「い、いえ、とんでもない。リディア様がいい方でよかったですよ。そうじゃなきゃ今頃レイクス様は極悪人ですって」
「てめ……」
 ジェイを睨みつけながら、何か言い返そうとしたが、もしかしたらそうかもと思ってしまい否定できなかった。ジェイは俺の視線から逃れるためか、報告書に目を落とす。
「ええと。読みますよ? 捕まえていただいた山賊は、最近近辺を荒らし回っていた輩でした。城から城主と使用人たちの遺体が発見され、手厚くりました」
 その文面に、俺はリディアと顔を見合わせた。城主の遺体は崖下にあったはずなのだ。
「城主の遺体が城に?」
「ええ。前に伺ったレイクス様の話とはズレがあるんですが。確かにそう書いてあります」
 リディアは不安げに俺を見上げてくる。ジェイは俺がうなずくのを見て、続きに目を落とした。
「なお、生存していた山賊五名は投獄、崖下の一名は気が触れており隔離、執事の格好をした賊は縛られたまま城主の遺体に短剣で胸を一突きにされる格好で、完全に息絶えておりました」
 リディアは息を飲んで口を手で押さえた。
「まさか、彼女が自分で……」
 思わず肖像の顔が頭をよぎる。真面目な顔の俺とリディアを見て、ジェイは肩をすくめた。
「イタズラの可能性は無いですか?」
「さあな。事情を知ってる奴なら、やっても変ではないと思うけど」
 俺の言葉に胡散臭げな顔をしたジェイが、ため息混じりに口を開く。
「知っている人は、みんな殺されてますよ」
 俺とリディアが城を出てから、街を飛び出していった騎士や兵士たちが城に着くまで、どのくらいの時間がかかっただろう。昼前には街に着いていたのだ。あまり長い時間とも思えない。
 その短い間に、崖下に遺体があることや、山賊が城で縛られて転がっている状況を把握していなければ出来ないことなのだ。
 そういえば。リディアが見せられた夢は、夢だと分かっていてなお、涙を止められないほど強烈なモノだった。しかも、リディアがその恨みから執事の頭を鞘付きの剣で殴るほどだ。もしかしたら本当に彼女が自分でかたきを取ったのかもしれないと思う。
 リディアは目を伏せると、長く息をついた。
「……これで、少しでも安らかに眠れるといいけど」
「大丈夫、思いは遂げたんだろうし」
 城主の遺体が執事を殺したことを疑ってもいない様子のリディアに、俺はうなずいて見せた。そして、城主が安らかに眠れるよう、祈らずにはいられなかった。



期間限定でUPしていて、「レイシャルメモリー」完結後に外伝としてUPすると約束していたモノです。
「大切な人」で「旅行モノが読みたい」というご意見があり、それを念頭に置いて書いたらこうなりました;
ご意見をくださった方、ありがとうございました。m(_ _)m