新緑の枯樹
     ― 1 ―

 城都に戻ったのは7ヶ月ぶりくらいだろうか。 街は活気があって好きだが、神殿はどうも好きになれない。
 シャイア神の土地を守るという名目で戦が続いている。 もう百二十年もの間だ。 わずかでも侵攻されたままでは戦が終わることはない。 それがなければ戦など、小さなきっかけで終わっていたかもしれないと思う。
 俺が戦をする目的は土地を守るためとは違う。 結果的にシャイア神の戦に手を貸しているはずなのに、ここに来ると、その戦で犯している罪の重さに耐え難くなってくる。
 正面の入口を避けて神殿横の扉から中に入った。 聖歌が響いてくる。 なんだか懐かしい声だ。
 今日身につけているのは略式の鎧なので、正規の鎧ほどはガシャガシャとうるさくはない。 だけど俺は、場所が場所だけになるべく音を立てないように歩を進めた。
 右の壁の陰になっていた祭壇が見えてくる。 ソリストの姿も見えてきた。 前に見たソリストよりもずいぶん華奢だ。 琥珀色の長い髪。 柔らかで暖かく透き通った声。 ソリストがゆっくりと首を巡らせ、その横顔が見えた。 とたんに足が凍ったように動かなくなる。 目がソリストから離せない。 あれはまさか、リディア?!

  ディーヴァの山の青き輝きより
  降臨にてこの地に立つ
  その力 尽くることを知らず
  地の青き恵み
  海の青き潤い
  日の青き鼓動
  月の青き息
  メナウルの青き想い
  シャイア神が地 包み尊ぶ
  シャイア神が力
  メナウルの地 癒し育む

 間違いない、あれはリディアだ。 歌声を懐かしいなんて思ったのにも納得がいく。 化粧なんてした顔は初めて見た。 ますますシャイア神の像に似てきたような気がする。 いや、この際そんなことはどうでもいい。 リディアがなぜ? どうしてソリストなんだ?
「フォース」
 後ろからポンと鎧の肩当てに手が乗り、それから回り込むように神官服のグレイが姿を現した。 明るいモノトーンの瞳が俺をのぞき込む。 相変わらず細くて無駄に背がデカい。 俺よりコブシ一つは大きいような気がする。 こいつとは、お互い皇太子サーディの学友として昔から付き合いが続いていた。
「絵に描いたような驚き方だな」
 グレイの言葉に、一緒に来た神官がプッと吹き出してから気まずそうに愛想笑いを浮かべた。 俺はそいつに軽く頭を下げて挨拶をし、グレイに視線を戻した。
「どうしてリディアがソリストを」
「シスターもソリストも十八歳からだから正確にはまだ見習いなんだけど、本職が倒れてしまってね、今歌えるのはリディアだけなんだ」
 見習い? ってことは、やっぱり十八になったら本職になるつもりなんだろうか。 ソリストもシスターと同じで、神殿に住んで結婚もしない。 それなりの理由があるからソリストなのか。
「あれ? 納得できない答えだった?」
 俺の表情が変わらないのを見て取ったか、グレイは話を続けた。
「じゃ、昔、襲われたことがあって、男なんて信用できないから神職にって訳じゃないってのは?」
 思わず息をのんだ。 そのことはリディアと俺以外、リディアの両親と俺の父しか知らないはずだ。
「どうしてグレイがそれを」
「本人から聞いたんだ、フォースに助けて貰ったって。 俺に話せるくらいだ、もうそのことからは立ち直ってるってことだろ? ま、もしそれが理由だったにしても、フォースが襲ったのならともかく、助けた方なんだから気に病むことはないさ」
 いや、もしもそれが理由なら、リディアが受けた傷はまだ癒えていないということだ。 それではリディアを救えたことにはならない。 思わずため息が口をついて出る。
「惚れてるんなら、十八になる前に落とせよ」
 そう言うとグレイはケラケラ笑いだした。 俺が落ち込んでいるからか、グレイが昔より数段脳天気に見える。
「あきれられてるぞ」
 もう一人の神官がグレイをどついた。
「こんな調子じゃ、リディアちゃんがグレイとの結婚話を受けなくても仕方がないな」
 グレイは俺の様子を見るためか、ヒョイと俺をのぞき込んだ。
「あれ? 驚いてない」
 少しも驚かなかった訳じゃないが、俺はグレイに苦笑して見せ、無関心を装った。 グレイが肩をすくめる。
「ま、その話は俺が申し込んだんじゃなくて、シェダ様が勝手に言ったことだけどな。 神官長としてソリストは貴重かもしれないけど、父親としてはリディアをソリストにはしたくないんだろうな」
 驚かなかったのには理由がある。 そういう話なら俺にも経験があるからだ。 騎士の称号授与式の前日になって、神官になってリディアと結婚しないかとシェダ様に誘われたのだ。 当然速攻で断ったが、まだ同じようなことを言っているらしい。 まあその時と比べれば、ずいぶん現実的な気はするが。
「フォース、今日はこれからどうするんだ? サーディには会うんだろ?」
 俺はそのつもりだとグレイにうなずいて見せた。
「それならちょっと待っててくれないか? そんなにかからないから。俺も行くよ」
「じゃあ、裏のでかい木のとこで待ってる」
「OK、寝るなよ、起きねぇんだから。 じゃ、後でな」
 そういうとグレイは、一緒にいた神官と共に祭壇の裏手へと続く廊下へ姿を消した。 それにしても酷い言いようだ。 確かに寝起きは悪いかもしれないが。
 俺はさっき入ってきた扉へと取って返した。 それから神殿と城が背中合わせになっている中庭のような空間へ向かう。 神殿から城に外を通って移動する時、ここは一番の近道だ。 だが廊下でつながっているので、わざわざ外を通るのは俺くらいだとは思う。
 ここの奥まったところに、一本だけ大きな木がある。他にも木は何本か生えているのだが、なぜかその一本だけが城の三階の窓に届きそうなほど高く生長し、枝を大きく広げている。 単に樹齢が高いだけなのかもしれないが、背の高い建物に挟まれてよくここまで大きくなったと思う。
 俺はこの木が好きだ。 城都に来たら、必ずと言っていいほどここに寄っている。 用があるのは大抵城か神殿かのどちらかだから、特に足を伸ばさなくても気楽に寄る事ができるのもあるが。
 その木に背を預け、枝葉から漏れてくるチラチラと眩しい光を見上げた。 深呼吸をしたつもりが、それはため息に近かった。
 リディアのことが頭から離れない。 歌うことが好きだったのは知っていた。 昔、聖歌隊に入っていたこともある。 でも、どうしてソリストだ? いつから考えていたんだろう。 いったいどういう理由で?
 だけど俺にはその理由を聞けそうにない。 俺が聞けば、リディアが襲われた話を蒸し返してしまうかもしれない。 その時に出会った俺のことも、忘れてしまいたいかもしれないのに。
 グレイがそのことを知っていたのにも驚いた。 それも自分から話しただなんて、今までのリディアなら考えられない。 グレイが言っていたように本当に立ち直ったのだろうか。 それとも、もしかしたらそこまで話してしまえるほどグレイが大切なのかもしれない。 もし結婚話がグレイから出たモノだったら、受けてしまうほどに。
 俺がシェダ様に結婚話を出された時、もし神官になることを承知していたら……。 って何を考えてるんだろう、シェダ様が本気だったとしても、万が一リディアが納得しても、俺が神官をやっていけるわけがないじゃないか。
 なんにしても、シャイア神なんかにリディアを渡したくない。 渡したくないったって、俺のモノじゃないことくらい充分わかっているつもりだが。
 急に木漏れ日が強くなり、俺は目を閉じてうつむき、ため息をついた。 だいたいこの状況はフラれてるのと同じじゃないか。 ひどく気が重い。 こんな状態で宝飾の鎧を着けたら、石の床でも沈んでいってしまいそうだ。
 いきなり唇に柔らかな感触が重なり、俺の中の劣情がズルッと嫌な音を立てて引きずり出されてくる。 俺は驚いて目を開け、唇を重ねているその人の肩を押しやった。 驚いたような顔をしてから、その人はゾッとするほど綺麗な冷たい笑みを浮かべた。
「君は」
 誰だと聞く前に、その人はふと右に視線を送った。 つられて見たその先に、リディアがいた。 俺は喉まで駆け上がってきた心臓を飲み込んだ。 目が合ったのは一瞬だけで、リディアは困惑したようにうつむいた。 やはり見られてしまったのだろう。 最悪だ。 文句の一つも言いたい気持ちで視線を戻そうとして、もうそこにその人がいないことに気付いた。 あたりを見回しても、いない。 一体……。
「あ、の……、お久しぶりです」
 リディアはうつむき加減のまま、軽く頭を下げた。
「え? あ、久しぶり。 元気、だった?」
「あ、はい。 フォースも」
 俺は返事の代わりに笑顔を返した。 ったく、どうすりゃいいんだ。 言葉も素直に出てこない。
「あ、あの、サーデイ様とグレイさんが、サーディ様のお部屋で待ってると伝えてと」
 俺は枝の陰から出てリディアの側まで行き、城の四階を見上げた。 サーディとグレイが窓からにやけた顔を出してのんきに手を振っている。 ムッとしてにらみ返すと、二人ともケラケラ笑いながら頭を引っ込めた。 ずっとそこにいたのなら、さっきの人がどっちに行ったか見ていただろうか。 サーディなら名前くらい知っているかもしれない。
 リディアの側にいると、キスで引きずり出された情欲が、そのままになっているのがよく自覚できる。 触れたい、抱きしめたい、そんな感情をまるで喉の渇きのように感じ、押さえつけるのがひどく辛い。 冗談じゃない。 これ以上、リディアに対してバカをやりたくない。
「行こうか」
 都合の悪い感情を隠したくて、うなずいたリディアに背を向け、俺は城の方へ歩き出した。
 ふと金属のぶつかる音に気付いた。 城の陰から二人、正騎士の鎧を着けた奴らが姿を見せた。 茶色の髪を短く切りそろえた方はイアンで、四つ年上だが同期の騎士だ。 もう一人はなぜか見覚えがない。 彼も正騎士だとしたら顔に記憶くらいあってもおかしくないはずだが。
 彼らは、何か暗い話でもしているようにうなだれている。 だいぶ近づいてから、イアンは顔を上げた。 目が合ってゾッとした。 気味が悪いほど顔に表情がない。 感情をまるきり持ち合わせていないかのようにさえ見える。
「……フォース」
 すぐ側まで来て、イアンは無理に絞り出したようなうめき声で俺を呼んだ。 いや、確認か合図だったのかも知れない。 隣の奴がかすかにうなずいたと同時に、イアンは俺に向けていつの間にか手にしていた金色に光る短剣を突き出した。 俺は後ろに飛びすさってそれを避け、二撃目は剣を抜いてはじき飛ばした。 もう一人も間髪を入れず斬りつけてくる。 俺はその攻撃を剣で受け流し、そいつの鎧を蹴り飛ばして間を取った。 後ろにリディアをかばって身構える。 俺の背中にリディアの震えが伝わってきた。
 イアンの攻撃に身体は反応したが、頭の中は混乱している。 なぜイアンと剣をあわせなきゃならない?
「なんのつもりだ?!」
 できる限りの大声で叫んだ。 左右に建物があるので声がよく響く。 これでサーディとグレイがさっきの場所にいたなら聞こえたはずだ。 ここなら助けが来るまであまり時間はかからない。
「逃げ道作って合図する」
 俺は後ろに下がりながら奴らとの間を保ち、リディアに言葉を向けた。
「……でも」
 消え入るような声は聞こえたが、やはりひどく怯えているようだ。
「ここにいては邪魔だ」
「は、はい」
 俺はわざと突き放すような言い方をした。こんな状態でリディアが走れるか不安だが、今はリディアを諭している時間もない。
 戦う覚悟を決めて足を止めた。 イアンが振りかぶった剣を頭上で受け、もう一人が薙いだ剣をイアンの後ろに回り込んでイアンの鎧で受けた。 金属のぶつかる大きな音が耳に痛いほど響く。
「走れ!」
 叫びながらリディアの方に身体を向けたイアンに足をかけた。 イアンはひっくり返ったが、足を蹴られて痛みが走り、一歩行動が遅れる。 低い体制のままもう一人の剣は受け流したが、イアンにタックルを食らった。 背中を地面に打ち付けられて息が詰まる。 もう一人が上から降らせた切っ先を首筋ギリギリで左に見送り、身体を起こしかけたイアンを思い切り剣のある左方へ蹴った。 イアンは突き立っていた剣を倒してその上にひっくり返る。
 俺はイアンが立ち上がり、もう一人の奴がイアンの下になっていた剣を拾ううちに、リディアとの間を遮ったところで体制を整えた。
 イアンは立ち上がると、ほとんど時間をおくこともなく向かって来る。 俺はその攻撃をかわして、リディアの後を追おうとするもう一人の首筋に剣の柄を叩き込んだ。 気を失わせるだけの手応えがあったはずが、そいつはいきなり振り返り、その勢いで剣を薙いだ。 ほとんどはじき飛ばされながら、なんとかその剣身を受け流し、次の攻撃は身体を引いて避けた。 今度はイアンがリディアの方を振り返る。 なんとしてもこいつらをリディアのところへ行かせるわけにはいかない。
「アッ!」
 リディアの短い悲鳴が聞こえ、俺は視線を向けた。 リディアは城へ続く通路に出る角のあたりで、一人の兵士と出くわしたようだ。
「大丈夫、加勢します!」
 兵士が座り込んでしまったリディアにそう伝え、こっちに駆け寄ってくる。 とにかくこれで少しは楽に戦える。 しかしイアンと剣を合わせるのに兵士一人ではキツいだろうから、そっちにも気を配らなければ。
 俺は、名も知らぬ騎士の剣を正面で受けた。 顔が間近にあるが、やはり見覚えはない。 だったらこの鎧は誰の物だろう。 もしかしたら誰かがこいつの犠牲になってしまったのかも知れない。 そう思うと早くケリをつけたくなってくる。
 剣に力を込めて、思い切り押し返す。 奴は少し体制を崩した。 そこを狙って剣の柄めがけて突きを出した。 手応えがあり、奴の剣が空に舞った。
「うわぁ!」
 いきなりあがった悲鳴に目を向けると、イアンが兵士に向けて剣を振りかぶっていた。 俺はつい後先を考えずに腰の短剣をイアンに向けて投げた。 短剣の行方を見る前に、鎧だけの正騎士に飛びかかられ、もんどり打ってひっくり返った。 奴の手が俺の首を掴み、ものすごい力を込めてくる。 うめき声も出ない。 放してしまった剣を探るが手が届かない。 意識をつなぎ止めるのに精一杯で、蹴りを入れようにも足も動かない。 くそっ、ドジったか。
 ふと息が喉を通った。 奴がゆっくり立ち上がる。 俺は咳き込みながら奴の顔を見上げた。 相変わらず感情が見えないので、なぜ立ち上がったのか、何かが起こったのかすらもわからない。
 不意に奴は身をひるがえし、神殿の方へ続く道へ向かった。 イアンもそれに続く。 追いかけたいが身体がいうことを聞かない。 兵士が後を追っていく。 深追いするなと言いたかったが、それも声にならなかった。
 兵士が数人、城の方からなだれ込んできた。 まっすぐ奴らが逃げた神殿への通路へと向かっていく。 これで奴らは捕まるだろう。 狙いがリディアなのか俺なのか、それくらいは早いうちにハッキリさせたい。
 やっとの思いで身体を起こし、剣を拾って鞘に戻した。 そのまま座り込んでいるリディアのところへ足を運ぶ。
「よかった、無事で」
 そう言って俺はリディアを引き起こそうと手を差し出した。 心配げに見上げてくる顔を見てホッとしたのも束の間、リディアの瞳から涙があふれ出てくる。 どうしていいか分からずにいる俺の腕をたどるようにして立ち上がると、リディアは俺に抱きついた。
「フォースが死んでしまうかと思った」
 心配してくれていたと思うと単純に嬉しい。
「あのくらい平気だよ」
 もちろんこれは安心させたいが為の嘘だ。 首を絞められた時は、本気でもうダメだと思ったのだから。
 リディアの白い腕が俺を捕まえている。 鎧のプレートがない部分から体温が伝わってくる。 思わず俺はリディアを抱きしめた。 でもリディアは、肩をビクッと震わせて胸のプレートを押して身体を離した。
「鎧が当たって痛いわ」
 バツが悪そうに苦笑すると、リディアは少しだけ視線を下げ、俺の首に指先で触れた。 柔らかな感触が通ったあとに、痺れのような軌跡が残る。
「アザになってる。 少し切れてるわ」
「こんなもの、ほっときゃ治る」
 胸が痛いほどの鼓動に気付かれたくなくて、俺はリディアの手を掴んで首から遠ざけたが、今度はその指のしなやかさにハッとして、慌てて手を放した。
「ゴメン」
 多少手荒になったかと思い、俺はリディアに謝った。 首を横に振ったリディアの表情が、悲しげに歪んだ気がした。 俺はリディアに背を向け、まだリディアの感触が残っている手のひらを隠すように握りしめた。
 ちょうどさっきの兵士が神殿の方から姿を見せた。 狐につままれたような、妙な表情をしている。 兵士はそのまま駆け寄ってきて、敬礼をした。 俺も返礼する。
「あいつら、消えました」
「消えた?」
 想像もしなかった報告に、俺は呆気にとられた。
「はい。 完全に挟み撃ちの体制だったはずなのですが、どこにも……。 現在まだ捜索中です」
 捜索中も何も、奴らが去った神殿への道は、脇に抜ける道も隠れる場所もない一本道だ。 神殿の方から兵士が来れば、逃げ道はどこにもないはずなのだ。 どうやったらそこから逃げることができるってんだ?
「消えたって、まさかイアンまで」
 その名を聞いて、兵士は幽霊でも見たように目を丸くした。
「イアンって、さっきの騎士がですか? イアンという騎士は三日前から行方不明なんですよ?!」
「なんだって?!」
 今度はこっちが驚いた。 騎士が行方不明になっているということは父から聞いてはいたが、その時は三人だった。 三日前と言うことは、また一人、イアンがか?
「四人目の行方不明者なんです。 まだ誰も見つかっていません」
 見つかっていないといっても、イアンはさっきそこにいた。 なんだか奇妙な空気が辺りを流れている。
 兵士の視線が右にそれていく。 俺はその視線の先に、リディアが木の方へ歩いていくのを見つけた。
「リディア?」
 俺は名を呼びながら後を追った。 リディアは振り向きもせず一心に地面を見回している。
「あの金色をした短剣、誰も拾っていないわよね? どうして無いのかしら」
 言われて俺も回りを見た。 確かにそうだ、落ちていない。 会話が聞こえていたのか、兵士も草の陰や木の根本をあちこち探しだす。
「そういえば、あなたが投げてくれた短剣も無いですね。 そのイアンって騎士が剣ではじいて、確かこっちの方に……」
「あ、これ。 ペンタグラムだわ」
 リディアが拾い上げたそれは、陽光を反射して青くきらめいている。 俺はリディアの元に駆け寄った。
 星の形に削られた青い石に、切れた鎖がかかっている。 これはメナウルでお守りとして持つことが定着しているペンタグラムと呼ばれるモノだ。 ちょうどリディアが歌っていた聖歌で繰り返される青と、守るべき土地という意味から、青い石が使われるようになったらしい。 青は青でも、人によって石の種類や大きさが様々なので、見たことがあれば誰の物か、たやすく特定できる。 そしてこのペンタグラムには確かに見覚えがあった。
「これは、イアンの……」
 間違いない、 さっきここにいて俺とリディアを襲ったのは、イアン本人なのだ。 ということは、故意に姿を隠して何かたくらんでいるのか? イアンだけ、それとも四人とも? さっきの奴も、彼らの仲間なのだろうか?