新緑の枯樹
     ― 12 ―

 明晩は婚姻二十周年式典がある。 最初は唯一の仕事だったはずの、ソリストの護衛をする日だ。 予行の打ち合わせには、結局一度も出られなかったので、ソリストであるリディアと一緒に、シェダ様立ち会いのもと、グレイから手順やら立ち位置やら教えてもらった。
 それから俺は一人で城内警備室を目指した。 そこでウィンを取り調べるのだ。 ウィンはまだなにも話していないと聞いている。 ウィンが使う特殊な剣技を持つのは、今のところライザナルでも狭い範囲の人間だけだ。 だが実際ウィンと剣を合わせたのは俺だけだったので、俺がいない間はとぼけ続けることができたらしい。 その俺は、妖精の世界を出てこっちに戻ってから、ウィンにはまだ合っていない。
 城内警備室のドアをノックすると、あまり間をあけずに中からバックスが顔を出した。 俺が部屋に入る前に、耳元に口を寄せてくる。
「サーディ様、怒ってるぞ」
 バックスは身体で隠しながら中を指さした。 やっぱり来ていたのか。 そうだろうとは思っていた。 式典の事務的な準備で忙しいサーディとは、まだ顔を合わせていなかったのだ。
「なにしてる。 早く入ってこいよ」
 サーディが焦れたように声をかけてきた。 バックスは、さも面白そうに含み笑いをする。
「ほら。 ものすごーく」
「分かったって」
 そう言いながら俺は、サーディにはサッサと会っておけばよかったかと少し後悔した。 バックスとグラントさんの前を通って部屋に入り、俺はひざまずいてサーディに最敬礼をする。
「式典の説明は受けてきたのか?」
 俺は、サーディの声がずいぶん素っ気ないと思いながら、ハイと返事をした。
「リディアさんは?」
「神殿の執務室にいます。 シェダ様とルーフィスが付いています」
「それなら安心か。 飛び降りたって一階だしな」
 げ。 すげぇイヤミ。 といっても俺に文句を言う資格はない。
「読んだよ。 四通目の報告書」
 確かに帰城してから書いた報告書は四通目だ。 サーディの言葉に、いちいちトゲがある。
 今回の報告書は、昨日リディアに説明しながら書いた。 質問攻めにされたからか、妙に書きやすかった。 だが、報告書を書くことに慣れたわけではないと思いたい。
 机の向こうにいたはずのサーディの声が、いつの間にか頭の上から降ってくる。
「飛び降りても木があるから、ひどくても怪我ですむと思ったってぇ?」
 スパーン! と盛大な音を立てて、丸めた報告書で最敬礼の後頭部をひっぱたかれた。
「バカやろ、見てる方はそうは思えないんだよ! あぁ、ワケわかんないけど腹立つ腹立つ腹立つ……」
 頭を抱えている俺に向かって、サーディはブツブツと文句を言っている。
「ゴメン」
 頭を上げて謝った俺に、サーディは顔を突き合わせてきた。
「修理費、給料からさっ引くからな」
「修理費? あっ!」
 そういえば鎧のことを忘れていた。 無事なわけがない。 直ったのだろうか。 元々値段が付かないほどの鎧なのだ。 修理にはいったいいくらかかるんだろう? そんな心配をしていると、サーディがケラケラと意地悪そうに笑いだした。
「冗談だって。 ただし、そうそう飛び降りられちゃ、こっちの身が持たないから、あんまり動けないようにたっぷり金属たして、もっと重くしておいたからな」
 嘘だろ? そんなに重くなっていたら、歩けるかどうかすら不安だ。 自分の顔が引きつるのが分かった。
「しかも、ドリアードをたぶらかしたって?」
「ええっ? 違う。 そんなことしてないって」
 こらえられなくなったのか、バックスが吹き出した。 それを合図にしたように、グラントさんが側にくる。
「もう、許してやっていただけませんか」
 一瞬グラントさんの方を見てから、サーディは大きなため息をついた。
「いや、むしろ褒めるべきなのかもしれないとは思うんだけど、なんだかな」
「任務があったのも事実ですし、私は自分の落ち度を補ってもらった立場ですので、彼を責めるのなら、先に私を処分していただかないことには」
 グラントさんは深々と頭を下げた。 俺のとんでもない行動をグラントさんに謝ってもらうなんて冗談にもならない。
「申し訳ありません」
 俺はもう一度サーディに向かって、あらためて最敬礼の体勢をとった。 こうなったら謝る以外ない。 俺がいくら考え方を変えたと言っても、心の中の変化なんて、口で言って通じるモノじゃない。 それに、いきなり何もかもいい方に変化しているなどと、自分を過信してはいけないとも思う。
「まったく……」
 あきれ返ったような口調だが、サーディの顔には苦笑が浮かんでいた。
「なんにしても、フォースも無事でよかったよ。 ドリアードのところから戻った他の騎士達は妙に歳くってたりしてるから、手放しじゃ喜べないんだけど」
 イアンは結局六日ほど行方不明になっていただけだったのだが、見た目では十歳ほど歳を取っていた。 だからといって四人が同じような時間の経過をしたとは思えないのだ。 ラルヴァスは少しも変わっているように見えない。 同じところにいたのに時間の経過がバラバラだなんて、俺には考えられないのだが。
 実際、俺の過ごした時間がどうだったのかも分からない。 でも一つ言えるのは、リディアが邪魔をしてくれたおかげで、俺の身体はこっちにあった。 つまり、無駄に歳を取らずに済んだのだ。 いくら感謝をしてもしきれない。 精神的に歳を取ったかまでは、実感もないし俺には分からないけれど。
 いくつかの鎧の音が廊下から聞こえてきた。
「来たようです」
 グラントさんの呼びかけで、サーディがうなずく。 ウィンが連行されてきたらしい。 俺はサーディに呼ばれて隣に立った。 ドアにコンコンとノックの音が響く。
「ウィンを連行してまいりました」
 ゼインの声だ。 バックスがドアを開ける。 ゼインとクエイドが部屋に入り、その後ろにブラッドとアジルに確保されたウィンが姿を現した。 ウィンは俺の顔に視線を向け、表情を硬直させる。
「生きて……?」
 立ち止まったウィンを、アジルとブラッドが引きずるように部屋に入れた。 一番最後からは父とリディアが入室する。 リディアはゴートでのことが気にかかっているので、わざわざここに顔を出したのだろう。
 父がドアを閉めた音を合図にしたように、ウィンが話しの口火を切った。
「まさか本当に生きていたとはな。 やっぱり女神の力ってわけだ」
 女神? アタリだ。 こいつらは思った通り勘違いをしていたらしい。 おかしさと、もうリディアが狙われることは無いという安心感から、笑いがこみ上げてくる。
「ライザナルではドリアードを女神って呼ぶのか?」
「ドリアード?」
 ウィンは訝しげにリディアに目をやった。
「違うって。 リディアは普通のソリストだよ。 降臨を受けてるワケじゃない」
 俺の言葉に、ウィンは驚きの表情を見せ、それをごまかすように作り笑いを浮かべる。
「まさか。 今さら嘘は必要ないだろう。 じゃなきゃ、ただのソリストを、どうして飛び降りてまで助ける必要があるってんだ」
「どうして、……ってしかたないだろ、俺にとっては大切な人なんだ。 残念だったな」
 ウィンは呆気にとられたように俺をジッと見ている。 それにしても、なんで公衆の面前で俺の気持ちをぶちまけなきゃならないんだか。 サーディが向けた怒ったような視線に俺が肩をすくめると、ウィンは嘲笑するように笑って口を開いた。
「俺は、女神の降臨、または降臨したと疑わしき人物がある場合は、ただちにその人物を殺害するよう命じられてきた。 わざわざ上位騎士が前線から戻って警備に当たるソリストだから、降臨を受けた可能性は大いにあると解釈した。 まさかそれがただの逢い引きだったとはな」
「いや、まだ逢い引きならよかったんだけどね。 あれはもともと単なるガキのイタズラだ」
 なぁ、と俺はサーディに同意を求めた。 そう、あの時リディアを木の下によこしたのは、グレイとサーディが企んでのことだった。 サーディの目が丸くなる。
「ガキってグレイと俺か!」
 でかい声で言ってから、サーディは口を押さえた。 もう遅いって。
「バカバカしい。 いったい俺達は何のために……」
 ウィンはため息とも笑いともつかない息を吐き出してうなだれた。 ミューアのところに隠れていた奴も、リディアを抱えて飛び降りたセンガも、結局は無駄死にということなのだ。
「いやぁ、よくやった」
 クエイドがいくぶん引きつった笑顔で近づいてくる。
「ライザナルの諜報員を探し出すとは」
 ウィンに向き直ろうとしたクエイドの手に、一瞬金属的な光が見えた。 ウィンに向かって突き出そうとしたその腕を、俺はとっさに掴んだ。 その手には短剣が握られている。
「なんのつもりだ!」
 俺が一喝すると、クエイドは悪びれもせずに冷笑した。
「こいつは重罪人だしライザナルの人間だ。 生かしておくことはない」
「あなたには、この人の命を奪う権利なんてない!」
 俺はクエイドの腕をひねって、その手から短剣をもぎ取った。 クエイドは剣の無くなった腕をふりほどく。
「何をする! 私にもメナウルの民の敵を討つ権利はあるはずだ!」
「こんな卑怯な真似するくらいなら前線に出ろよ! 武器も持たない弱い立場の人間を刺し殺そうとするより、正々堂々武力で向かってくる奴らと戦えばいい!」
 押さえていたつもりだったクエイドに対する怒りが思わず爆発した。 クエイドはグッと言葉に詰まっている。 父が気持ちを抑えろとでも言うように、俺の肩をポンと叩いて俺の前に出た。
「クエイド殿、重罪人だからこそ、聞けることは山ほどあります。 安易に殺してしまうことが、どれだけの損害になるかも分かりかねますし。 取り調べや処分は軍部に任せていただけませんか」
 いくら騎士の人事考課のお偉方でも、軍部で考え抜かれ、陛下の意を通して選ばれる数字付きの騎士には逆らいようがない。 クエイドは父に軽く頭を下げた。
「分かりました、お任せします。 では、私はこれで」
 クエイドは、にらむような目で俺を見てからドアを乱暴に閉めて部屋を出て行った。 うつむいてクックと盗み笑いをしていたウィンが、父に挑戦的な視線を投げる。
「甘いな。 俺がこれ以上、何か話すと思っているのか」
「いや、話すとは思っていない。 お前の処遇はフォースが決める。 いいな?」
 父は首を巡らせて、俺に確認するように視線を合わせた。
「いいんですか?」
「かまわんよ。 前線に戻る時に連れていくといい」
 思わず聞き返した俺に、父は穏やかな表情で言った。 俺の考え方を、理解してくれるかもしれないとは期待していた。 だが、実際のところ本当にそうさせてもらえるとは、思ってもみなかった。
「ありがとうございます」
 とにかく俺は父に頭を下げた。
 俺のやり方を認めてもらえたのなら、こんなに嬉しいことはない。 そうじゃなくても、今回はリディアが絡んでいる。 厳しく取り調べたり、処刑してしまったりということはしたくない。 なにより、そんなことでリディアを傷つけるのは避けたかった。
「どういうつもりだ? 俺を国へ帰すというのか? まさか本気か?」
 ウィンは疑わしげな目を俺に向けた。
「ウィンを留置しておいてくれ」
 俺はウィンに返事をせずに、アジルとブラッドに命令した。アジルは俺にメモを渡してからハイと返事をする。 グラントさんがバックスに何か耳打ちし、バックスは敬礼を残してアジル、ブラッド、ウィンと共に部屋をあとにした。
 俺はサッとだけメモに目を通した。 そこには、ウィンとセンガの会話を立ち聞きしていて、前線のスピオンという兵士が彼らの仲間だと聞いたと簡単に書いてあった。 これでアルトスと顔を合わせなくても済むということか。 ウィンに情報を漏らすつもりはなかったかもしれないが、これは俺にとって充分過ぎるほどの快報だった。
 帰城した時と同じような穏やかな空気が、城内警備室に戻ってきた。 父の手がポンと肩に掛かる。
「あとは明晩の護衛だけだな。 明後日の朝には城都を発つぞ」
「はい」
 俺に残された城都での仕事は、明日のソリストであるリディアの護衛だけだ。 それが終われば、リディアの護衛は必要が無くなる。 そして護衛が終わってしまえば、やはり前線に戻ることになるのだ。 当然リディアの側には居られなくなる。 あさっての朝、か。 ふと見ると、ゼインが含み笑いをしている。
「それにしても、結局俺が襲撃犯を言い当ててたんですよね。 リディアさん、災難でしたね。 フォースがドリアードなんかにモテるから事件がややこしくなっちゃって」
 またこいつは嫌な言い方しやがる。 リディアはいくぶん不機嫌そうにゼインに目をやった。
「でも、ドリアードがいなかったらバルコニーから落ちた時、二人とも助からなかったかもしれません」
 リディアに言い返されると思っていなかったのか、ゼインはうろたえたように半端な笑みを浮かべる。
「あ、そうか、そうでしたよね」
「それに、神殿に不審な人が入ってきた時も気付いてくれたし、四階から飛び降りてまで助けてくれたし、フォースには感謝してます。 とても」
 リディアが人前でそんな言葉を口にしてくれるなんて、すげぇ嬉しい。 しかも、ゼインの笑顔が固まっている。 思わず、ざまぁみろとか口に出して言ってみたくなる。
「それにしても、無茶をしすぎだ」
 父が難しい顔で正面から俺を見据えた。 父がどうしてこんな風に怒るのか、今の俺にはよく理解できる。
「スミマセンでした。 以後、気を付けます」
 俺は素直に頭を下げた。 その目の前一面が赤くなる。
「これを」
 頭を上げてみると、丁寧に畳まれた赤い布地を、グラントさんが俺に向かって差し出していた。 形式張った儀式の時などに数字付きの騎士が付けるマントのようだ。
「なんです? 二位の騎士の印ですよね? これが、どうかしたんですか?」
 グラントさんは、視線を合わせたままわけが分からないでいる俺に、微笑みかけてくる。
「いや、君に私の後、二位に就いて貰おうと思ってね」
「はぁ? なに言ってるんですか。 陛下にお許しもいただいてないじゃないですか」
 ゴンと、父が俺の頭にげんこつを落とした。 なんで殴る? 俺は頭を抱えて父を見上げた。 父はいかにも不機嫌そうにため息をつく。
「本当は、しかるべき歳になってから首位を継がせようと思っていたのだが、お前のやり方を首位になって続けるわけにはいかないだろう。 陛下もサーディ様も交えてすべて話しは済んでいる」
 俺のやり方? 話しは済んでいるだって?
「アルトスが動くほどだ。 このまま君がしていることを、国の意志として取り入れてもいいのではないかということになってな。 まぁ、あまり組織だって行動されては困るのだが」
 そう言うとグラントさんは、呆気にとられている俺に、そのマントを突きつけた。
「受け取りなさい」
「は、はい」
 そう返事をした俺の手の上に、グラントさんはしっとりとした感触のマントを乗せた。
「実は、君がどんな人間なのか知りたくて、ブラッドを付けさせてもらったんだ。 それが、元々前線に出たいと言ってはいたが、君の隊への配属を希望するまでになってな。 彼もまっすぐな人間だから、君のことも信じられると思ったんだよ」
 ブラッドは、そう、まっすぐかもしれない。 だから前の俺に腹を立てたんだ。
「あ、でもグラントさんは、これからどうされるんです?」
「私か? 陛下に退役を止められてね。 しばらくはそのまま城内警備に就かせていただくことになったんだ。 君の直属の部下と言うことになる。 よろしくお願いするよ」
 直属と聞いて、言葉に詰まった。
「うわ、俺もか」
 ゼインがつぶやくように口にする。 今まででさえわけが分からない関係が多かったのに、これじゃあ父以外はみんな年上の部下になる。 いや、むしろその方がそろっているから面倒はないかもしれないが。
「あ、いえ。 こちらこそ今までと変わりなくご指導のほどを」
「君に教えることばかりそうそう無いよ。 引き継ぎくらいはしなきゃならんがな。 明日の午前中くらいまでは開けてもらうよ」
 グラントさんは可笑しそうに声を出して笑った。 それじゃあリディアと話しができる時間なんてほとんど無い。 俺も笑ってごまかしたい気分だ。
「でも、いつ決まったんです? 陛下は帰城されているんですか?」
 サーディが苦笑を浮かべる。
「今朝なんだ。 フォースを起こしには行ったんだけど、まぁよく寝てるし、なんだか声かけていいような雰囲気じゃなかったからさ」
「えぇ? なに言ってんだよ、起こせよ。 寝てるのに雰囲気もなにもないだろうが」
「いや、だって」
 サーディはチラッと視線を走らせた。 その視線の先で、リディアがハッとしたように口を押さえる。 半分隠されたリディアの表情に赤味が差した。 父がリディアへの視線を遮るように一歩前に出る。
「それでは、私はこれで」
 父の敬礼に、みんなが返礼をし、俺もつられるように返礼をした。
「行きましょう」
 父はリディアをエスコートして部屋を出た。 そこで振り返って俺を指さす。
「ちゃんと仕事してこい」
 そう言って父はドアを閉めた。 ……、なんなんだ、いったい。
「フォース、リディアさんに何か悪さしたんじゃないのか? 有意に隔離されてるみたいだぞ?」
 ゼインはいかにも疑っているように、不機嫌な声をだす。
「なんにもしてねぇよ」
 俺は吐き捨てるように言葉を返した。 昨晩のは悪さのうちに入らないよな、などと、少し不安になったりする。 サーディは、肩をすくめて苦笑した。
「隔離されてるのは、リディアさんの方だったりして」
「まさか」
 ゼインがバカにしたように笑う。
「いや、それがな」
 サーディは、誰に聞かれたくないのか、身を乗り出して小声になる。
「今朝フォースを起こしに行った時、部屋を覗いたらリディアさんがね、ジーッと見てたんだ、フォースの寝顔」
 気持ちが半分パニックになったが、俺は驚いて吸い込んだ空気をため息にして吐き出した。
「だから、起こせよ……」
 茫然としているゼインを放っておいて、俺は考えを巡らせてみた。 リディアは何を考えながら俺を見ていたのだろう。
「何かあったのか?」
 サーディは真剣な顔で俺をのぞき込んだ。 冷やかしてこないってことは、それだけリディアが重大な雰囲気でも作っていたんだろうか。
「何かもなにも、こっちにきてからはいろいろありすぎて」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「じゃあ、どういう意味で?」
 あからさまに困っているサーディに追い打ちをかけるように言い、俺は手にした赤いマントを見てため息をついた。
 リディアと話そうにも、まるで時間がない。 時間を作るには、兎にも角にもやることだけやってしまわないとならない。 引き継ぎも数字付き騎士だなんて、いつまでかかるか分からない。 二位なんてのは、もしかしたらそうやって時間を削るために取って付けられた地位のような気さえしてくる。 もしそうだったら、とんでもないどころの話しじゃないが。
「グラントさん、今から引き継ぎを受けてもよろしいでしょうか」
「かまわんよ」
 グラントさんの表情が、そこはかとなく楽しそうに見える。 なんだかグラントさんにまで、面白がられている気がしてくる。
「まぁ、引き継ぎなんて単純だよ。 やっていることは、この棚一つにまとめてあるからな」
 そう言ってグラントさんが指さした棚は、やたらとでかく見えた。