レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
3.真実
奪還したヴァレスの街北側に、防壁が壊れている場所がある。反戦の意思があるというライザナルのお偉方が、フォースと会うために指定してきたのはそこだった。労働者を雇い、主にゼインの隊の指示により修繕工事が進められている。
夕暮れ前、日が傾きかけた中を、フォースはその指定された場所へと向かっていた。ちょうど作業が終わる時間なので、たくさんの労働者とすれ違う。フォースは目立たぬように軽い乗馬用の鎧を着け、人の流れに逆らわなければならないため、道の端をうつむき加減で歩いていた。
サーディが反戦運動をするのはよくないとフォースは思っていた。推進とまではいかないが、クエイドをはじめ、戦をやめるべきではないと主張する者も少なくない。皇太子であるサーディは、戦への思い一つで敵ができてしまう立場にいるのだ。しかし、コネはつかんだが実行を任されたことで、フォースはいくらかだが安心することができた。
「待ってよ」
不意に後ろからかけられた声に振り返ると、そこには子供の姿をしたティオがいた。フォースは思わず後ろに身体を向け、かがみ込んでティオと向き合う。
「どうしたんだ?」
「リディアが着いて行けって。何もしゃべらないで、話だけ聞いてろって」
フォースにはすぐに合点がいった。ティオは人の心を覗くことができるのだ。これほど正確に嘘を見破ることができる者は、人間にはいない。
「リディアを守るんじゃなかったのか?」
ティオはスプリガンという妖精で、リディアにまとわりついているガーディアンだ。言われて素直に着いてくるのが妙に可笑しく思う。フォースの苦笑を見て、ティオはムッとした顔をした。
「仕方がないだろ。すごく心配しているんだから」
むくれたティオの頭をなでて、フォースはありがとうと微笑んだ。どんなことになるか分からないから少し離れたところにいるようにと言いつけ、フォースはまた約束の場所へと足を向ける。
工事現場にはすでに労働者はおらず、崩れた防壁の前にゼインの隊の見張りが二人だけ残っているのが見えた。どちらもメナウルでは一般的な、茶色の髪と瞳をしている。しかし、そのどちらかが今回話をするライザナルの人間なのだ。フォースはまっすぐ見張りに向かって歩いた。もう少し暗くなってくると、フォースの目はほとんど黒に見える。自分がフォースだと見分けてもらうために、会う時間が日の沈む前でよかったと、フォースは少し安堵した。
左側にいた見張りの一人がフォースに気付いたのか、もう一方の兵士に何事か話しかけ、フォースの方へと駆け寄ってくる。側で見ると結構背が高い。フォースはその笑顔に見覚えがあった。ヴァレスに入る時にフォースが噂通りの人間だと言い、買い被りすぎだと否定しても笑顔を崩さずに見ていた兵士だ。
「あなたは。あなたが?」
疑わしげに目を細めたフォースに、兵士はヴァレスの門の前で見せた優しそうな笑顔を向けた。
「ご案内します。まだコトを大きくするわけにはいきませんでしょうから」
コトが大きくなって困るのは、この兵士の方のはずだ。だが兵士の言った言葉は自分に向けられているように聞こえ、フォースは顔をしかめた。振り返ると、もう一人の兵士はこちらを気にする様子もなく、見張りを続けている。
「気になりますか? 彼は私とは違って、最初からメナウルの兵士ですよ」
変わらない笑顔で兵士が口にした言葉に、フォースは疑問の目を向けた。兵士は軽くお辞儀をする。
「私はジェイストークと言います。ライザナルの諜報部の者です」
それだけ言うと、兵士は防壁の方へと進んでいく。フォースはそれに従った。
ライザナルの諜報部と聞き、フォースはうんざりした。実際どれだけの人間が入り込んでいるか聞いてみたくなる。だがそれは今回話し合うこととは違う。こちらからも余計なことを言う必要が起こらないよう、話は広げない方がいいと思った。
小さめの家々と防壁にはさまれた細い道に出て、ジェイストークはチラッとフォースをうかがい、そのまま壁に沿って歩き出す。
「あなたに会っていただきたいのは、ライザナル皇帝クロフォード様の第二王子、レクタード様です」
王子と聞いて、フォースは当然のようにサーディを思い浮かべた。サーディの場合は、街に出ることすら制限され、ヴァレスに来たのさえ初めてだ。ましてや敵国までなど、微塵も考えられない。
「そんな立場で、よくメナウルまで」
半ば呆れたようなフォースの声に、前を行くジェイストークは、振り向かずに肩をすくめた。
「第一王子もメナウルに」
「来ているんですか?」
思わず驚いて返したフォースの言葉に、ジェイストークは苦笑を向ける。
「こちらは不可抗力なのですが」
完璧な笑顔が崩れたその表情に、フォースは顔をしかめた。
「というと、事故か何か?」
眉を寄せたフォースに、ジェイストークは歩みを止めて向き合う。
「あなたがライザナル皇帝クロフォード様の第一王子、レイクス様であらせられます」
聞き返そうと発したはずの言葉が、声にならなかった。言葉の意味が飲み込めずに、フォースはジェイストークの顔を茫然と見つめる。
「あなたの歳を伝え聞き、調べさせていただきました。特異な紺色の瞳を持ち、歳まで合うなど、そうそうあることではないでしょうから」
「何を言っているんだ? 俺が、何だって?」
ジェイストークの言葉がフォースの思考を奪うように通り過ぎていき、何も考えられなくなる。耐えられずにフォースは視線をそらした。ジェイストークは、そんなフォースの態度に構わず、言葉をつなぐ。
「クロフォード様と、エレン様との間にお生まれになった、王位継承権一位のレイクス様でございます」
「クロフォード? 母との……?」
フォースは、ジェイストークがゆっくりと口にした名前を、ゆっくりと繰り返した。だがパニックを起こしているフォースには、実感も違和感も、どちらも少しも湧いてこない。
「いきなりな話で申し訳ないのですが、事実なんです。これから会っていただくレクタード様は、レイクス様の弟君にあたられる方です」
「俺は今日、反戦運動の話を……」
自分が極度の混乱状態にあることを、フォースは自分の発した言葉で悟った。口をつぐんだフォースに、すべてを理解しているような笑みを向け、ジェイストークはうなずく。
「ええ、レクタード様とは、ぜひその話をしていただきます。すぐ先ですので、こちらに」
ジェイストークは軽くお辞儀をすると、またフォースに背を向けて歩き出した。
フォースは前を行くジェイストークの背を見ながら足を進めた。話をするのは結構な地位の人間だと、サーディが言っていたのを思い出す。さっきの話が本当なら、自分も話し相手と同等の、いや、それ以上の地位なのだ。しかも、母のエレンもそれ相応の身分ということになる。母には何かにつけて強くなりなさいと言われ続けていた。それはまさかこの時のためか。それとも、もっとこの先に何か望んでいたのだろうか。
道端の木に三頭の馬がつながれ、その向こうに見え隠れしていた人影が、こちらに気付いて向き直った。ジェイストークが軽くお辞儀をすると、その青年は軽く手を振って返してくる。彼がレクタードなのだろう。歳や背丈はほとんどフォースと同じほどで、まるで自らが光を発しているかのような金髪が穏やかな風になびいている。近づくに連れて整った顔立ちや薄い水色の瞳がハッキリ見え、その呆れるほどの典雅な雰囲気にフォースは思い切りため息をついた。
側まで行き、ジェイストークは青年に頭を下げた。青年はジェイストークにありがとうと言葉をかけ、フォースと向き直る。
「私はレクタード、あなたの弟です」
フォースは思わず片手で顔を覆った。信じろと言う方が間違いだと思う。認めているのかいないのか疑わしげな顔のフォースに、レクタードはシルバーの宝飾品を差し出した。それは球形をしていて、五本の鎖で鎧に付ける金具とつながれ、落ち着いた光を反射している。見覚えのある形に、フォースは眉を寄せた。
「これはサーペントエッグ、一般的にはエッグと呼んでいるモノです。材質は違うでしょうが、あなたも持っているはずです」
レクタードは、球形の部分の細工に爪をかけ、エッグと呼んだそれを開く。ただの宝飾品と思っていたフォースは、それが開くことに驚いて目を見張った。レクタードはエッグの内側を、フォースに見やすいように差し出す。
「母は違いますが、これがあなたと私の父です。持ち主の両親が描かれているんですよ。こちら側の紋章は王家のものです」
その球形の内側左には金で細工された紋章が浮き彫りになり、右には細密肖像画が描かれていた。確かにレクタードと同じ色の髪と瞳の女性が、豪華な礼装の男と一緒に描かれている。そしてその男、皇帝クロフォードだろう人物は、当然のようにフォースと同じ髪の色をしていた。エッグの内側を見たことはなかったが、鎧に付ける金具がまったく同じ形であることを、フォースはハッキリと覚えている。そしてそれはエレンが残したモノが確かにサーペントエッグというモノなのだと、フォースに語りかけていた。
黙り込んだままエッグを凝視しているフォースに、レクタードは微かな笑みを浮かべる。
「あなたのエッグの精密肖像画も同じ画家が描いたそうです。見ていただければ分かります」
「ライザナルでは身分証明を兼ねたお守りのようなモノなんですよ」
ジェイストークが、レクタードの隣から付け加えた。メナウルでは星の形に削った青い石が、ペンタグラムというお守りとして普及している。その石をリディアと交換していたフォースは、お守りと言う言葉を聞いて思わず喉元にあるペンタグラムに手をやり、リディアの名前を呪文のように想った。今までのパニックが嘘のように気持ちが落ち着いてくる。
「こんな昔のことを、どうやって調べたんだ?」
フォースが観念したように向けた疑問に、ジェイストークは軽く頭を下げた。
「レイクス様の過去をたどらせていただきました。簡単でしたよ。関わった方は誰もがレイクス様を覚えていましたし、エレン様の名前もすぐに出てきましたし、ドナでのことも」
ジェイストークは、フォースが視線をそらし、眉をひそめたのを見て口を閉ざした。フォースは一呼吸置いてすぐにジェイストークと目を合わせる。
「で? いったい俺に何をしろと?」
「私たちと一緒にライザナルへ戻ってください」
真剣な顔のジェイストークに、フォースは首を横に振って見せた。
「無茶なことを言っていると思わないか?」
問いを向けられて、レクタードは控えめなため息をつく。
「無茶は承知の上でお願いしています。エレン様とあなたがさらわれてからずっと、未だに父はあなた方に固執しています。あなたが戻らない限り、父にとってメナウルは敵国でしかありません」
レクタードの言葉を聞き、フォースは忌々しげに歯噛みした。
「今さら戻れって? 固執するくらいなら、最初から調べるなり探すなり、できたはずだろう」
今度はレクタードが不機嫌そうな顔になる。
「行動は起こしているんです。だが正式に送った使者は殺害され、あなた達が住んでいるだろうドナには毒まで」
「待てよ。メナウルにライザナルの使者など来た記録はない。それにドナの事件で実行犯だとつかまったのはライザナルの人間だ。それに母はライザナルの兵に追われて逃げてきたところを父が救ったと聞いている」
フォースの反論を聞き、レクタードはため息をついた。
「ルーフィスって方は、今は首位の騎士なのでしょう? そんなモノをもみ消すことくらい、国なら簡単に」
「メナウルはそんな国じゃない」
フォースが言い捨てた言葉に、レクタードは苦笑する。
「じゃあ、どうしてエレン様は殺されたんです? ドナで生き残っていられたら困るからじゃないんですか?」
「だったら、俺が生き残っているのはどうしてだ? だいたい知られて困ることなら、死んだその場に墓なんて作ったりはしないだろう」
苦々しげなフォースに、レクタードは肩をすくめた。
「まいったな。本当にあなたは根っからメナウルの騎士なんですね。カケラも疑おうとしない。スティアが言っていたとおりだ」
レクタードの顔に、穏やかな笑みが浮かぶ。フォースはため息をついた。
「どうしてスティアと知り合ったんだ?」
「最初は王家を知るために、単に利用しようと思ったのですが。でも、惹かれてしまいました。彼女はおおらかで明るくて、とても強い女性ですね」
レクタードが並べた言葉に一瞬面食らってから、フォースはなんとかうなずいた。
「え? あ。そういう言い方をすれば、そうだな」
そういう言い方って、と、ムッとした顔でつぶやいたレクタードに、フォースは思わずゴメンと謝って口を押さえた。レクタードはため息をつくと、声を潜めて笑っているジェイストークを気にしながら、軽く咳払いをする。
「スティアには感謝してくださいね。彼女のことがなかったら、あなたを殺して帰る方が、私にはよっぽど建設的だったんですから」
いくら言葉を繰り返されても、フォースには取り繕っているようにしか聞こえない。フォースはティオを探そうとし、すぐ側の木につないである馬三頭のうちの一頭にまたがっているのを見つけて目を丸くした。ティオはフォースに向かって、嘘は言ってないよとケラケラ笑ってみせる。フォースの不審な行動に、ジェイストークが馬を振り返った。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでも」
引きつった笑いを浮かべながら、フォースはレクタードとジェイストークにはティオが見えず、声も聞こえていないのだと悟った。
フォースの煮え切らない態度にイライラしたのか、レクタードはムッとしたようにフォースと顔を突き合わせる。
「とにかく、あなたが戻らない限り戦が終わることはあり得ないんです。王位継承権一位なのだから、完全に警護も受けられます。危険はありません」
「帰れの一点張りだな」
「そうしてくれないと、私はスティアと会うことすらままならないんです」
レクタードの真剣な表情に、フォースは戦をやめさせてと言ったスティアの顔を思いだした。確かにリディアを女神から取り返すためにも、戦は邪魔なのだ。だが、リディアを取り返すからといってライザナルに行かなければならないのでは、本末転倒な気もする。
「もしも、もしもだ。ライザナルに行ったとして、戦をやめさせることは可能なのか?」
フォースの問いに、レクタードは微かに眉を寄せた。
「父のいきどおりは、何割かは解消されるでしょう。もともとシェイド神が起こした戦ですので、そのあたりをなんとかしないとなりませんが」
「なんとかって、神をか?」
考えられない言葉に、思わず声を大きくしたフォースに、レクタードは当然とばかりに薄い笑みを浮かべた。
「ええ。あなたに来て欲しいのは、それもあるんです。紺色の瞳を持つ者は、神と対話ができると言われていますので」
「対話だって?」
シャイア神の意思が頭に響いてくる嫌な感覚を思い出して、フォースは眉を寄せた。対話どころか一方的に意思を伝えてくるだけで、こちらの言葉を聞いているのか分からない。返ってきたのは、フォースにとってはふざけているとしか思えないキスだけだ。これが対話だとは間違っても認められない。
「できないんですか?」
レクタードが不安げにフォースをうかがう。フォースは疑わしげな顔でレクタードを見返した。
「いったいどこからそんな話がでてくるんだ?」
「どこって」
説明しようとしたレクタードを、ジェイストークは肩を叩いて止めた。
「それは追々。レイクス様がライザナルに戻られてからでも、ゆっくりお話ししますよ」
ジェイストークは、フォースが胡散臭げな顔をしたのを見て、邪気のない笑顔を向ける。
「そんなことより、反戦運動の話です。私たちは誰が反戦の気持ちを持っているかまったく知らないんです。なにせ、レイクス様にお会いしたのが最初の一歩なのですから」
「今ここで名前を言えと?」
フォースが向ける疑いの目に、ジェイストークは苦笑した。
「いいえ。こんな話の後ですし、信じていただけないのなら仕方がないと思っています。気が変わりましたら、タスリルという薬売りがヴァレスにいますので、そちらから連絡していただければありがたいのですが」
「そいつも諜報員なのか」
フォースは、またかとうんざりしてため息をついたが、ジェイストークは首を横に振る。
「いえ。今はメナウルの人間です。ですが、もともとはライザナルに住んでいた人間ですから、話を通す方法がないわけではないと言っていました。レイクス様に来ていただけるのなら、タスリルを危険にさらして仲介に使う必要もないのですが」
「どうしても話をそっちに持っていきたいんだな」
「当然でしょう。反戦運動のことを差し引いても、レイクス様を連れて帰ることは大きな勲功になりますからね」
笑顔のジェイストークに、そういうことかとフォースは苦笑を返した。それが手柄だと聞いたことで、今までの話に信頼の度合いが増えるのを感じて、フォースは妙に可笑しかった。
「悪いけど、今は黙ってライザナルに帰って欲しい。冷静になって考えてみたいし、一度キチンと父から母の話を聞きたいんだ」
力の抜けた苦笑を返したフォースに、ジェイストークは丁寧にお辞儀をする。
「分かりました。ですが、父ではなくルーフィス殿と、ですね。レイクス様の父上はクロフォード様以外にはいらっしゃいません」
ジェイストークの肩に手をかけ、レクタードは押しのけるように前に出た。
「あなたがここにいるのは、最初から間違いなんですよ。なのに」
「レクタード様」
ジェイストークは、フォースが息を飲んだのを見て、レクタードの言葉を遮った。不満げなレクタードを促し、ジェイストークは木につないであった馬の手綱を解いて、一緒に道まで馬を連れ出す。フォースは平静を装って、ティオが乗っている一頭だけ寂しげに残った馬の首をなでた。
「こいつは連れて行かないのか?」
「あなたに今、ドナの村まで連れてきていただけると嬉しいのですが」
ジェイストークは、相変わらずの笑みを浮かべながら騎乗する。ドナは今、国境の向こう側、ライザナルなのだ。笑えない内容の言葉に、フォースは冷笑した。ジェイストークはレクタードが馬に乗るのを待って口を開く。
「では近いうちに交換条件をもって、正式にお願いに上がることにいたします。あなたが嫌だと言えないような条件を考えることにしましょう」
ジェイストークの言葉に、フォースは苦笑して背を向けた。きちんと南門から街を出るつもりなのだろう、馬が街の中心に向かって歩き出す足音が聞こえてくる。振り返ると家々の陰に入っていく馬が、チラッとだけ見えた。
「どうするの?」
馬から下りたティオが、二人を茫然と見送ったフォースの顔をのぞき込む。
「どうするも何も、俺には全然信じられない」
「今の人たち、嘘は言ってないよ?」
ティオには何気ない一言が、フォースにとてつもなく重くのしかかってくる。
「連れてこなければよかった」
思わずそうつぶやいたフォースに、ティオはプッと頬をふくらませる。
「なんだよ。だってホントのことなんだから仕方がないだろ」
ティオの抗議に、フォースはため息と同時に苦笑した。
「ゴメン。だけど、いきなり突きつけられた現実がこれじゃあな。実感も何もありゃしない」
「あ、そういえば一つだけ嘘もあったよ」
真面目な顔のティオに、フォースは正面から向き合う。
「え? ホントか? 何だ?」
フォースは、それが何なのか期待してしまう自分が歯痒かった。ティオはそんなフォースの気持ちにはお構いなく、嬉しそうに微笑む。
「危険はありませんって言ってたけど、危険がないなんてことはないみたいだよ」
一瞬呆気にとられ、フォースは気の抜けたような笑い声を上げた。
「そりゃ、そうだろうなぁ。危険がなかったら警護なんて要らないわけだから」
フォースは、深いため息をついた。レクタードに見せられたサーペントエッグの材質違いのモノは、神殿においてきた鎧の内側に付けてある。メナウルの騎士が着ける正規の鎧に、ライザナルのお守りが下がっているのだ。
自分がライザナルの皇太子なのだとしたら。本当にここにいることが最初から間違いだったなら。ここに存在している自分はいったい何なのか。二位の騎士? それのどこに価値があるのだろう。
「ねぇ、帰ろう? リディアのとこに」
「ああ、そうだな」
歩き出したティオの後から踏み出した足元が、フォースには真綿を踏んでいるように覚束なく感じた。