レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
     2.決意

「え? 行方不明?」
 フォースは、神殿裏の扉から顔を出したバックスと向き合い、聞き返した。バックスは斜めにうなずく。
「って言い方も変かもしれんが。は部屋にあるらしいし、ゼインの奴、一体どこをほっつき歩いてんだか」
 両腕を広げた呆れ顔のバックスに視線を向けたまま、フォースはハァとため息をつく。
「警備の穴は?」
「よくできたゼインの隊の兵士が、自主的についてくれてるよ」
 バックスの言葉にフォースは、情けねぇなとつぶやいた。
「探してくれるか? あと神殿回りの点検も。最近あからさまに突っかかれてたから気になるんだ」
「了解。ってか、もう始めてるよ」
 バックスはフォースに敬礼を向ける。フォースは返礼しながら眉を寄せた。
「戻ったら謹慎……、って、喜びそうな気もするな」
「違いない」
 鼻で笑ったバックスに、フォースは苦笑を返す。手を挙げただけの挨拶を交わし、フォースは扉を閉めた。
 フォースが振り返った食卓テーブルには、いつものように本を広げているグレイと、少し前からサーディとスティアが席についている。テーブルで湯気を立てる紅茶は、まだ充分に熱い。
「いまさら驚くことでもないでしょう?」
 スティアはフォースに苦笑して見せた。
「反戦運動をしてるって表明するだけのことなのに、こんなに反対されるとは思わなかったわ」
 フォースは無言のまま、サーディの隣の椅子に座った。サーディは苦笑したままフォースを見ている。
「お前のことだから、絶対怒ると思ってたよ」
「当たり前だ」
 思いのほか無表情なフォースの顔を、サーディはのぞき込んだ。
「別に騎士の仕事が減っても、お前を首にしたりはしないから」
「なにもそんなことは心配してない」
 フォースは頭を抱えて呆れたようにため息をつく。反応があってホッとしたのか、サーディはのどの奥で笑い声を立てた。
「いや、分かってるけどさ。俺だって心配なんだぞ、お前のこと」
「まさか、そんなことで反戦だなんて言い出したんじゃ」
 フォースが向けたキツイ視線に、サーディは慌てて首を横に振る。
「いや、大丈夫、違うって。だけどこの気持ちが、お前に分からないはずはないだろう?」
 フォースは返答に困って眉を寄せた。考え込むように視線をそらせてから、あらためてサーディと向き合う。
「でも、俺がやるのとサーディがやるのとじゃあ訳が違う。俺は単にそういうやり方の騎士で済む。だけどサーディは、国民の半分を敵に回すことになるんだぞ?」
「半分? でも、城都の人間は戦をしていることすら忘れて暮らしてる。実際は半分もいないさ。戦が余計なモノじゃなくてなんなんだ?」
「そういうことを言っているんじゃ」
 頭を掻いたフォースの肩を叩いて、サーディは屈託無く笑う。フォースはもう一度ため息をついた。
「笑い事じゃないんだって。くそっ、こんな時じゃなきゃ俺が……」
「護衛してくれるって? でも、こんな時だからな。お前だってシャイア神の護衛の方がいいだろ」
 サーディの言葉に、フォースは思わず顔をしかめた。サーディが眉を寄せる。
「もしかして、やりたくなかったのか?」
「いや。やらせてもらえて感謝してるよ」
 フォースは目を怒ったように細め、口元に微苦笑を浮かべた。サーディはフォースの様子に肩をすくめる。
「難しい顔で感謝なんてするなよ」
 フォースは返事をせず、サーディから顔を背けるようにグレイを見やった。
 フォースには、女神を守ろうなどという気持ちはさらさら無かった。リディアを守っているのだと、自分をごまかしながら仕事を続けているのだ。知っているはずのグレイは、素知らぬ顔で本に目を落としている。
 スティアがキョロキョロと部屋を見回す。
「ところでリディアはどこ?」
「食事を作るのを手伝うって、厨房に行ったっきりなんだ」
 そう言うと、フォースは立ち上がった。
「悪い、ちょっと見てくる」
「いってらっしゃぁい」
 スティアが嬉しそうに手を振るのを横目で見ながら、フォースは神殿へと続く廊下へ入る。いくらも進まないうちに、リディアを支え、ティオを連れたアリシアと鉢合わせになった。
「リディア? 具合でも悪いのか?」
 フォースに心配げな声で名を呼ばれ、リディアはゆっくり顔を上げる。リディアはフォースを見つけると、満面の笑みを浮かべて抱きついた。
「フォース、どこ行ってたの?」
「え? ど、どこって、今リディアを探しに行こうと思って……」
 フォースは、抱きとめた腕の中から見上げてくるリディアと顔をつきあわせ、眉を寄せた。アルコールの臭いがする。
「酒?」
 フォースはアリシアをみつけた。ティオまでが妙な笑い声を立て始める。アリシアは乾いた笑いをらした。
「ごめん、リディアちゃんが、こんなに弱いなんて知らなくて」
「てめぇ、これ、弱いとかって量じゃないだろ? なんてことを!」
 アリシアを睨みつけたフォースの鎧を、リディアは揺するように引っ張る。
「てめぇなんて言っちゃダメよ。怒っちゃイヤ」
 フォースはウッと言葉につまった。頬をふくらませて見つめてくるリディアに、フォースは思わずゴメンと謝る。アリシアが貼り付けたような笑顔を作った。
「じゃ、よろしくね。仕事に行くわ」
「なっ?! ちょっと待てよ、今頃仕事って」
 ごめんねぇ、と手を振りつつ、アリシアは廊下を神殿側へと消えていった。ティオは何が可笑しいのか、まだケラケラと笑っている。フォースはアリシアを茫然と見送り、ふとリディアのんだ瞳がじっと自分を見つめているのに気付いた。
「な、なに?」
「もっと飲みたい」
「俺も!」
 賛同するティオに冷たい視線を向け、フォースは、身体中の力が抜けるほどのため息をつく。
「もう駄目だ。横になった方がいい。普通に歩けないだろ?」
「そんなことないもん」
 リディアはフォースの横を通っていくらか進んだが、部屋に出たところでペタッと座り込んだ。スティアが駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
「フォースが、もう駄目だって言うの」
 リディアは顔を上げずに、つぶやくように答えた。
「何が駄目なのよっ?!」
 スティアは、リディアの手を引いて立たせようとしたフォースの耳元で文句を言う。フォースは、眉を寄せてスティアに視線を向けた。
「もう飲むなって言っただけだ」
 その言葉で、スティアはリディアがしこたま酔っていることに気付き、冷めた笑い声をたてた。グレイとサーディは、部屋の隅で笑いをこらえている。フォースはリディアの背に左腕を回し、の下に右手を差し入れて抱き上げた。
「とにかく休め」
「イヤッ、降ろしてっ、眠たくないのっ」
 リディアが鎧に手をついて突っ張り、足をばたつかせたので、体制が崩れる。その不安定さにリディアが悲鳴を上げて首に抱きつき、スティアが反対側から支えたので、フォースはなんとかひっくり返らずに耐えることができた。サーディが、危ねぇ、と幾分顔を青くしてつぶやく。乾いた笑いを浮かべるスティアに、フォースはありがとうと礼を言って微苦笑した。
「一度眠らなきゃ駄目だ」
 フォースはリディアに言い聞かせるようにキッパリと言った。リディアはフォースの首につかまったまま口を尖らせる。
「もおっ。意地悪、ひとでなし、わからずや、意地っ張り、野蛮人
 ハイハイと、ため息混じりの返事をしながら、フォースは階段へ向かった。ティオは口を尖らせながらも後からついてくる。サーディがいってらっしゃいと手を振り、グレイが背中を向けて笑っているのが目に入り、フォースは二人に微苦笑だけ向けて、階段を上がった。
 ティオが、ほんの少し開けて止めていたストッパーを外し、ドアを大きく開く。フォースはリディアを抱き上げたまま中に入った。ティオはドアを閉めると、毎晩寝ている場所であるベッドの下へ、スルッと潜り込んで視界から消える。開いている窓から、緩やかな風が入ってきた。
 フォースはリディアをベッドに降ろしたが、リディアはフォースの首から手を離さなかった。予想していなかった力に引っ張られ、リディアの上に倒れそうになる。フォースは、ベッドについたつもりだった右手を押し返してくる柔らかな弾力に驚き、慌てて奥に場所を変えて身体を支え直した。
「ごめんっ! お、俺、今?!」
「胸つぶしちゃイヤ。おっきな声もイヤ」
 文句を言いながら、リディアはフォースの首に回した腕に力を込める。フォースは、リディアの肩口に抱き寄せられてシーツに顔をつっこみ、慌てて体重をかけないように低い位置に身体を支えた。自由にならない頭を少しだけひねってリディアの方に顔を向けると、目の前に赤く染まった耳が見える。
「リディア、手を離して」
 フォースは今度は気を遣って、大声にならないように言った。
「イヤ、ここにいて。フォース、放したら行っちゃう」
「リディアが眠るまでは側にいるよ。だから離して。これじゃ苦しいって」
 リディアは首をすくめてくすぐったそうに笑い出す。
「そんなトコでしゃべっちゃイヤ」
 話せないのでは、やめろと説得もできない。フォースが身体を起こそうとすると、リディアはイヤと言いながら余計にしがみついてくる。
「動いちゃイヤ」
「無茶を言うなよ。ずっとこの体勢でいるのは無理だ。腕が辛い」
「飲んだらフォースに何してもいいって、アリシアさんが言ってたもん」
 あの野郎なに言いやがる、とフォースはため息でつぶやいた。アリシアが神殿で言った、行かないで、という言葉が思い出される。もしかしたらその台詞をリディアに言わせようと思ったのだろうか。リディアが酒に弱いことを知らなかったのではなく、酔ってしまうまで飲ませたことは間違いないだろう。
「だから側にいて」
 確かにリディアに止められたら、悩むに違いない。だがそんなことをたくらむより何より、こういう状況を危惧して欲しかったと思う。早くこの体勢をなんとかしたい。こうしているだけで、触れてしまったリディアの感触が、右手に蘇ってくる。自分で何もかもをぶちこわしてしまいそうだ。
「放すんだ」
 フォースが出した精一杯の冷えた声に、リディアの手がビクッと動いて一瞬力が抜ける。フォースはそのに両腕を突っ張り、腕の分だけ上半身を起こした。リディアの手に力がこもり、もう一度フォースの頭を抱き寄せようとする。フォースはリディアの右手首を掴んで首から引きはがし、ベッドに押しつけた。左手も首から離そうとする。リディアは悲しげに眉を寄せた。
「お願い、今だけでもいいの、もっと側にいて」
 その瞳にあふれてくる涙に気付き、フォースの心臓がはねた。
 今だけではなく、もうこの気持ちは離れることができないと思う。どんなことがあっても、この想いだけはきっとずっと側にいる。
 でも、戻るという約束をしてしまったら、その約束にリディアを縛り付けてしまうだろう。もしも自分が戻れなかったり、リディアが他に幸せになる道を見つけた時のためにも、リディアは自由でいるべきなのだと思う。だが、何があっても誰にも渡したくない、自分だけのモノにしてしまいたいという気持ちも大きい。
「側にいて。お願い……」
 リディアの瞳から涙がこぼれる。ベッドに腰掛けて左肘をつき、添い寝するように体勢を低くすると、フォースは右手で琥珀色の髪を撫でた。リディアは、不安げに繰り返す呼吸ごと、フォースの名前を口にする。フォースの中の愛しいと思う気持ちが、身体を突き破りそうでひどく息苦しくなってくる。フォースはリディアの薄く開いた唇に口づけた。
 息苦しさの逃げ道を見つけられず、キスが深くなっていく。髪を撫でていた手で、リディアの存在を確かめるように、そっと身体をなぞる。鎧の内側で、サーペントエッグが冷たい音を立てて転がった。
 リディアのノドの奥から苦しげな声が漏れた。嫌がっているのかと、フォースが恐る恐る唇を離すと、リディアはハァと息をはき出してゆっくりと瞳を開き、フォースを切なげに見上げる。
「待ってる」
 リディアは幾分かすれた声でつぶやいた。
「でも、もしフォースが皇帝になっちゃって戻れなかったら……」
 何か言わなければと口を開きかけたフォースの唇に、リディアは指先を当てる。
「私、巫女のままでもいいからライザナルに行く」
「ええっ?! だっ、駄目だ、嫌だ、リディアは誰にも渡さない。降臨を受けているんだかなんだかしらないが、他の奴がリディアを抱くなんて」
 フォースは思わず声を大きくし、リディアの肩をつかんだ。そんなことをしたら、母親であるエレンと同じ目にわせてしまうかもしれないのだ。リディアは、とろんとした目を丸くして、フォースの声に驚いている。
「おい! 自分が何言ってるのか分かってるのか?」
 リディアはノドの奥で楽しげに笑いだし、自分の肩を揺らすフォースに、その微笑みを向けた。
「じゃあ迎えに来て。降臨解いてから連れて行って」
 その言葉に息をのみ、フォースはリディアの笑顔をじっと見つめた。自分の顔が赤くなってくる気がしてベッドを降りて立ち上がり、リディアに背中を向ける。
 ふと気になってひざまずき、フォースはベッドの下をのぞきこんだ。ティオは子供の姿のまま、手足を大きく投げ出して眠っている。リディアを守るというのなら、どうして起きてこないのかと苛立ち、眠っていて邪魔をされないことに安心する。
「フォースったらエッチなんだから。そんなところのぞいたりして」
 リディアが半身を起こして上から見ていたことに、フォースは声をかけられてはじめて気付いた。
「はぁ? これでそんなこと言うなら、さっきの手、止めろよ」
 フォースはため息をつき、立ち上がった。いつもなら酔っぱらいなど適当にあしらって相手にしないのだが、その酔っぱらいがリディアだと勝手が違いすぎる。どうしてこう一つ一つの言葉をバカ正直に受け止めてしまうのか。
 リディアは手を伸ばし、鎧のネックガードをつかんで引き寄せようとする。
「迎えに来てくれないの? 怒っちゃイヤ、側にいてくれるって言ったのに……」
 フォースはその手を取ってリディアを寝かせると、気持ちを落ち着けようと大きく深呼吸をして身体をリディアに向け、ベッドに斜めに腰掛けた。
「怒ってなんかいないよ。ここにいるから」
「本当? じゃあ、迎えに来てくれる?」
 フォースはうなずくとリディアの頭をそっと撫でた。
「迎えに来るよ」
 リディアは、嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、髪を撫でるフォースの手を取り、頬を寄せる。
「生きていてね」
 フォースが頬に触れていないと分からないほどの声で、リディアはつぶやくように言う。
「生きていたらきっと、きっといつか会えるわよね」
 リディアは、あふれてくる涙をためたまま精一杯の笑顔を作った。
「ああ。きっと会える」
 フォースの返事に、リディアは安心したように瞳を閉じる。ほんの少しずつ呼吸が落ち着いていき、フォースの手に添えていた指がパタッとベッドに落ちた。フォースはまぶたにキスをすると、リディアの頬から手を離して髪や頬を何度も撫でる。
 リディアが目覚めたら、ここで話したことなど、すべて忘れてしまっているかもしれない。だが、フォースは絶対に忘れないでいようと思った。側にいてとごねるのも、迎えに来てとねだるのも、寂しいと思ってくれているからだろう。なのに、それでもライザナルへ行くことを止めずにいてくれる。だとしたら、自分にできることは一つしかない。
「リディア、俺はリディアだけはめない。必ずここに戻る。約束するよ」
 フォースはそう言うと、唇に軽く触れるだけのキスをした。聞こえていないのは分かっている。でも、言葉にせずにはいられなかった。
 約束に縛り付けるのは本意じゃない。だが、何をしてでもリディアの元に戻りさえすればいいのだ。諦めない、絶対にだ。必ずここに帰ってくる。ライザナルに行く前に、きっとこの気持ちを伝えようとフォースは思った。
 リディアに毛布を掛けて、開いていた窓を閉め、フォースは廊下に出ようとそっとドアを開けた。そのドアは少し動いたところでコンッと何かに当たり、そのドアが外側から開かれる。そこには異様ににこやかなバックスが立っていた。バックスは何も言わずにフォースを通すとドアを閉める。フォースが眉を寄せて横目でバックスを見ると、バックスは声を抑えて笑っていた。
「いつからそこに……」
 笑っているということは、それなりに会話を聞いていたのだろうとフォースは思った。そして予想通りの答えが返ってくる。
「随分前からな。いやぁ、酔っぱらったリディアちゃん、たまんねぇなぁ」
「警備補助、首にしていいか?」
 眉を寄せたフォースに、バックスは声を立てて笑う。
「フォースだってそう思ってただろうが。駄目だ嫌だって、駄々っ子みたいで可愛かったぜ」
 引きつった顔でウッと言葉につまったフォースと向き合い、バックスはフォースの両肩をバンバンと三度叩いた。
「フォースったらエッチなんだからぁ。なぁんて、黙っててやるから一つ教えろよ」
「それ、ベッドの下をのぞいただけだし」
 そう言うとフォースは苦笑した。バックスはにやけた笑いを見せる。
「嘘はいけないなぁ」
「ホントだって」
「じゃあその後の、これでそんなこと言うなら、さっきの手、止めろよ、ってのは?」
 ブッと吹き出して、フォースは口を覆った。バックスはもう一度フォースの肩を叩く。
「責めてるワケじゃないよ、詳しくは聞かないから安心しな、青少年」
「そんな脅される程のことは……。それにしても、バックスってこんなに物覚えよかったっけ?」
 任せろと、自分の胸をドンッと叩き、バックスは満面に笑みを浮かべた。
「で? 教えろってなにをだよ」
 フォースは肩をすくめながらため息混じりに言い、バックスを見上げる。
「アリシアさんのこと、どう思ってるんだ?」
「姉」
 即答、一言ですませたフォースの顔を、バックスがのぞき込んだ。
「それだけか? じゃあ、昔はどう思ってたんだ?」
「そんなこと、どうでもいいだろ」
 苦笑したフォースの耳元に、バックスは口を寄せる。
「聞いたんだよね、昔々、アリシアさんがフォースにしたキスのこと」
「はぁ? なんでまた今更そんなことを……」
 フォースは、大きなため息をついた。バックスはフォースと顔をつきあわせる。
「それで、もしかしたら何かあったとか?」
 バックスの言葉に、フォースは突き合わせた顔の前の狭い空間で手を横にヒラヒラと振り、こともなげな顔で口を開く。
「なんにも。そのキスで俺は思いっきり意識したんだけど、日を開けずにボーイフレンドだ恋人だって家に連れてきてさ。結局はよくフラれたんだ。了解?」
「聞かなきゃよかったかな」
 腕組みをして考え込んだバックスに、フォースは眉を寄せた。
「ワケわかんねぇ。アリシアが気になるのか?」
「好奇心。追求するなよ、追求するぞ」
 バックスに指をさされ、フォースは肩をすくめて苦笑する。
「だからキスくらいしかしてないって」
「キスくらいだとぉ?」
 しまった、とフォースは頬を挟むように口を覆った。バックスは、フォースの予想に反し、真面目な顔で向き合ってくる。
「そういえば、十四の時にいかがわしい店に誘ったら自分が脱ぐのは嫌だとかって断ってたけど、リディアさんの前なら平気なのか?」
「……、余計なお世話だ」
 そう言うと、フォースはサッサとバックスに背を向け、その場を後にした。