レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
     3.届かない手

 木々に囲まれた空間の中にそこはあった。小さな屋敷一軒ほどの大きさの岩が真っ二つに割れ、その割れ目は人一人が通れるだけの道になっている。その岩の壁は、全体にビロードを貼ったようにで隙間無くわれ、瑞々しい緑をしていた。
 フォースは、その緑の壁をそっとでた。触った部分が岩からしみ出る水にされ、少しの間緑が深くなり、その水からは陽が溶けたような香りが立ちのぼる。ナルエスが、足を止めたフォースから一歩下がった位置に立った。
「ここはいつ来ても荘厳ですね。ちょうど守護神同士で争ったかのように綺麗に分かれていて。こちらがライザナル側、そちらがメナウル側」
 ナルエスを一瞥して視線を岩へと戻し、フォースは顔をしかめる。
「嫌な言い方だな。なんだか絶対に折り合いがつくことはないという象徴のような気がしてくる」
「ええ、無理なんですよ。互いの国に守護神がいらっしゃる限りは」
 ナルエスがしっかりと言い切ってしまった言葉に、フォースは眉を寄せて目を細めた。戦を起こしたというシェイド神の真意をこそ、フォースは知りたいと思う。そしてその答えはライザナルにある。たぶん戦をやめさせる方法も。ただ手ぶらでメナウルに帰るわけにはいかないのだ。
 いつも着けていた騎士のよりも随分軽い簡易鎧を着けているフォースだったが、その重さを差し引いても比べ物にならないくらいの重圧がのしかかってくる。
「反目の岩とは、よく言ったものだよな」
 バックスが、ウィンを確保したままつぶやいた。ウィンは相変わらず横目でチラチラとフォースをっている。
 フォースは声にならないよう、静かにため息をついた。反目の岩などという名前が付いていても、父ルーフィスと母エレンはここで出会い、一緒になったのだ。終わりは悲しいモノだったが、み合い、いがみ合うような仲ではなかった。もし本当にシャイア神とシェイド神が反目して割れた岩なのだとしても、これほどむすまでの時間が経っているのだ、何か良計が無いとも限らない。決してめるわけにはいかない。
 フォースが岩を見上げると、その先の空をファルが横切った。冷たい岩に手を付き、その行方を追う。ファルは上空で小さく円を描き、ヴァレスの方角へと飛び去っていった。
 ――シェイド――
 不意にシャイア神の声が、フォースの脳裏に響いた。リディアの側にいて聞いた声よりは遠い。だが、これは間違いなくシャイア神の声だ。もし、空耳だと思っていた自分を呼んだ声もシャイア神のモノだったとしたら、シャイア神がリディアの身体ごとライザナルに近づいていることになる。しかもシャイア神はシェイド神の名を呼んだのだ。まっすぐシェイド神のいる場所へ向かっているとしたら。フォースの頭から指先から血の気が引き、胸の鼓動が大きくなってくる。
 ナルエスが、しげにフォースの表情をのぞき込んだ。
「どうかしましたか?」
「シェイド神はどこにいる?」
 そうね、フォースは反目の岩を改めて見やった。真っ二つに割れた岩の向こう側がライザナル、こちら側がメナウルだ。ライザナルに身体を向けて立ち、北西、つまり左前方の方向にあるドナの位置をイメージする。近づいているから声の大きさが変わっているのだとしたら、距離だけではなく方向も聞き分けられるのかもしれない。さっきの声は、どっちの方角から聞こえたのかと改めて思い返す。ファルの飛び去った方向を追ったすぐ後だったせいか、ここから少し左寄りの後方だと見当が付く。
「マクヴァル様なら、今頃はたぶんドナにいらしているはずですが?」
 ナルエスの返事を聞き、フォースは気持ちを落ち着けようと大きく息をついた。
「ちょっとウィンを頼むよ」
 フォースの言葉にしさを感じながらも、ナルエスは曖昧にうなずいた。バックスはウィンをナルエスに預け、フォースの側に立つ。
「何か気になることでも」
「シャイア神が近くに来てる」
 フォースの苦々しげな顔を見て、バックスは思わず目を丸くして、慌てて表情を隠した。ちょうどウィンと話し込んでいたらしいナルエスを見やってから、バックスはフォースの耳に口を寄せ、地面を指さす。
「ここにか?」
「最終的にどこに向かっているかは分からない。でも、シャイア神の声が国境の方向に動いているのは確かなんだ」
 フォースはそう言うとグッと口を結んだ。バックスは顔をしかめる。
「マズいな。すったってフォースじゃなきゃ、方向も何も分からんぞ。しかし、あいつらに何て説明する?」
 フォースは振り向かずに気配だけで、ナルエスとウィンを追った。
 確かに、説明のしようがない。ウィンは巫女を殺そうという気持ちをまだ抱えているらしいし、ナルエスもライザナルの人間だ、シャイア神に敵意を持っていないとも限らない。どちらにも、巫女を捜すなどと伝えることは危険極まりない。だが、探し当てるまではライザナルへは行けない。シャイア神が何と言おうと、リディアをライザナルへ行かせるわけにはいかないのだ。
「わけを話さずに、待ってもらうしかない」
「だけど、それで納得するか?」
「とにかく、そうするしかない」
 お互い緊張した顔を見合わせ、フォースとバックスが振り返ると、ナルエスが姿勢を正したのが目に入った。ウィンも硬直したように動きを止める。その視線の先、木々の間からジェイストークが出てきた。ジェイストークを相手にしてわけを話さずに動くのはたぶん無理だ。フォースは小さく舌打ちした。
「方向が分かったら指示する。そっちへ」
 その言葉に、バックスはうなずいた。フォースはバックスを後ろに従えたままジェイストークの方へと歩み寄る。ふと、視線の端を横切った黒い影が、ジェイストークの後方から姿を現した。フォースの持つすべての感覚が、そのダークグレイの鎧に釘付けになる。
「呼び出していただけて嬉しゅうございます」
 ジェイストークは立ち止まってしまったフォースの前まで行き、軽く頭を下げると微笑みを向けた。その笑顔は前に見た時と寸分違わない。だが、その後ろに居るのは。
 上背があり、ガッシリとした体躯。漆黒の瞳と肩までのまっすぐな黒い髪。前線で三度顔を合わせ、一度は剣も交えた。その強さは生半可なモノではなかった。その時に受けた左肩の傷の痛みがってくる。
「アルトス……?」
 絞り出すようなフォースの声に、アルトスは無言で敬礼をした。
「そんなに驚かれなくても」
 ジェイストークは、さも可笑しそうにのどの奥で笑い声をたてる。
「あなたは王位継承権一位の皇族です。アルトスにとっては第一にお守りせねばならない方なのですよ」
「建前はそうなんだろうけどな」
 フォースが浮かべたかな冷笑に、笑ったのかんだのか、アルトスの目がスッと細くなった。その視線がフォースから逸れてナルエスに確保された格好のウィンを捉える。ナルエスはアルトスに向き直った。
「解放するとのことでしたので、連れてまいりました」
 ナルエスの手から離れると、ウィンはその場にひざまずいて頭を下げた。アルトスは数歩その方向に進み、ウィンの前で足を止める。その足元が見えたのか、ウィンが頭をさらに低くすると、アルトスは右手を剣の柄にかけた。カチャッと剣が音を立てるのと同時に、フォースは二人の間に割って入る。
「どうするつもりだ?」
 ウィンの後頭部を見下ろしていたアルトスの視線が上がり、フォースをえた。
「不要だ」
 抑揚のない声が、フォースの耳を打つ。フォースはその声を真っ向から受け止め、冷笑を向けた。
「ウィンがライザナルの人間だと分かったのは、ウィンが持っていた剣のがあんたのモノだったからだぜ?」
 フォースの言葉に、アルトスは一瞬だけウィンに視線を逸らし、再びフォースにきつい視線を向けた。確かにウィンに剣を教えたのはアルトス自身だった。それをフォースが一度剣を合わせただけで見抜いたのだとしたら。その時ウィンを斬らなかったのだ、その方針を変えたいとは思わないのだろう。アルトスは、フォースをか、それとも自身をなのか、嘲笑うように軽いため息と薄笑いを吐き出した。
微塵も変わっていないようだな」
 アルトスはゆっくり剣を抜くと、その切っ先に近い剣の腹で、フォースの左側からウィンの肩を叩く。
せろ」
 ウィンに一言だけ投げると、アルトスはサッサと剣をに納め、後ろに下がった。ウィンは立ち上がってアルトスに敬礼し、振り返ったフォースに微かな笑みを向けると、西の方向へと立ち去っていく。フォースは眉を寄せてウィンを見送った。相手が人間一人なら大丈夫だろうと思いつつも、シャイア神と鉢合わせにならないかと不安になる。
「あのような者をいちいち気にかけていたら保ちませんよ」
 ジェイストークは、フォースがウィンを気遣っているのではと考えたようだ。フォースは内心、その勘違いにホッとした。何よりも、シャイア神が側にいることを悟られてはいけないと思う。フォースは思わず苦笑を浮かべた。
 それにしても、シャイア神はいったいどこにいるのだろうか。いつもなら鬱陶しいその声も、今は聞かせて欲しいと強く願う。
 どんな小さな音も聞き逃さないように澄ました耳に、キッキッとファルのするどい鳴き声が届いた。フォースは思わずその声の行方を見上げ、ハタとある考えにたどり着く。
 ファルは普段、草原などの地面に近い部分まで空間のある場所しか飛ばない。それは蹴り落とした餌、小形の鳥などを拾うためだ。そのファルがこれだけ森の上を行き来しているというのは、とても不自然だ。きっとブラッドがファルを使ってシャイア神を追っているのだろう。空から見つけるのは困難かもしれないが、とにかく探していることは間違いなさそうだ。
「今日は、どのようなことを?」
 ジェイストークはフォースの側に立ち、その表情をのぞき込む。視線を合わせると、フォースは短くため息をついた。
「本当はそっちでの立場とか、いろいろ聞きたいことがあったんだけど」
「けど? なんです?」
 言葉尻を繰り返し、ジェイストークはかに首をかしげる。
「面倒だからサッサと行って、自分の目で見た方が早いと思って」
 フォースの言葉に、ジェイストークの眉がピクッと跳ねた。
「今すぐに来ていただけるのですか?」
「ああ。早く行った方が早く帰れるだろ」
 そう言って微笑んだフォースに、ジェイストークは思わず目を丸くして見入った。アルトスが憤慨に目を細める。
「帰るだと?」
 ――フォース――
 アルトスの声と同時に感じた意識は、すぐ真後ろを指し示していた。驚く間もなく、木々の隙間から虹色の光が八方にあふれ出る。その光と共に、シャイア神の意識がまるで滝のようにフォースの中に雪崩れ込んできた。その莫大な量の意識に押しつぶされそうになり、フォースはうめき声を上げて頭を抱え込む。あまりにも意識が大きいのか多いのか受け止めきれず、何を伝えようというのかが、まったく理解できない。
「大丈夫か?」
 後ろに控えていたバックスが、慌ててフォースを支えた。
「クッ、バカやろ、これじゃあさっぱり……」
 あたりにあふれていた光が徐々に薄れていき、それと共にフォースの中に流れ込んでくる意識も少なくなってくる。
「巫女か」
 アルトスの小さくつぶやいた声を聞き、フォースの背筋に寒気が走った。シャイア神が消えたら、そこに残されるのはリディアだ。アルトスの手が、剣の柄に伸びるのが目に入ってくる。
「逃げてくれ」
 フォースはバックスに向けてそう言うと、剣を抜いて駆け出そうとしていたアルトスの前に立ちふさがった。バックスが後ろの木々の間に入っていった音を背中で感じながら、自らも剣を抜いて構える。
「お前の国のためだぞ」
「国なんかいらない」
 黙って見つめるだけのジェイストークと、今にも前に踏み出しそうな二人に、ナルエスが慌ててアルトスを止めに入った。
「ちょ、ちょっと待ってください。レイクス様と剣を合わせようなどと」
「剣を合わせたところで怪我などさせん。巫女を斬って、こいつは無理矢理にでも連れて帰る」
 アルトスはナルエスを横に押しやると、一歩前に出てフォースと対峙した。
 確かに、前回剣を合わせた時は、そのくらいの力の差があった。だが、今は違うとフォースは思いたかった。あの時受けきれなかった剣も、同じ剣筋をバックスに覚えてもらってまで練習したのだ、今ならなんとかしてみせる。それがリディアを守るためならば、なおさらだ。
「随分大きなハンデを負ってくれるんだな」
 フォースは見下される腹立たしさに、アルトスを思い切り睨みつけた。フッとアルトスの頬が緩む。その笑みを浮かべたまま足を踏み出すと、アルトスは躊躇することもなく剣をいできた。フォースはその剣をしっかりと受ける。
 バックスがリディアを呼ぶ声がフォースの耳に聞こえてきた。まだ見つけていないのかと不安になる。ジェイストークが森に分け入るのが視界の隅に映った。
「よそ見するほどのハンデはやってないぞ」
 アルトスの言葉にフォースは顔をしかめた。確かに半端な態度は危険なだけだし、リディアのこともバックスに任せるしか手はない。フォースは力を込めて受けていた剣を押し返した。
 アルトスの剣から、ハンデなど微塵も感じられない攻撃が何度も繰り出される。剣筋に動揺も無く、その力も前の時より増していると思えるほどだ。フォースはアルトスの攻撃を受け流しながら、前に受けた予想できない方向に剣が流れる攻撃を待った。
 そして。しっかり受けたと思った剣が右に流れる。待っていたのはこれだ。フォースは身体を右にひねり、その攻撃を流しながら押し返し、身体ごと押し入れた剣をそのまま左へと薙いだ。アルトスは体勢を崩し、すんでの所でフォースの剣を受け流す。そこにフォースはもう一歩踏み込んで突きを出した。その切っ先がダークグレイの鎧に当たり弾かれる。その突きでできたフォースの隙に、今度はアルトスが剣を薙ぎ入れた。フォースは剣身に身体を添えて攻撃を受け、その剣の力と勢いを利用して後ろへ飛び退く。フォースはアルトスが体制を整える間に、難なく剣を構え直した。
「お前……」
 距離を詰めてくるアルトスの顔に緊張が増しているのを見て、フォースは剣を握り直し、気を引き締めた。さっきの一撃で、アルトスの攻撃にある程度対処できるようになっていることが、バレてしまっている。少なくともいくらかのダメージを与えておかなくてはならなかったと思う。
 振り下ろされたアルトスの剣を受け流す。一つ一つの攻撃にさらに力がこもっているのか、フォースの腕にダメージが積み重なっていく。
 フォースはイメージでも練習でも、剣が意図しない方向に流れる攻撃に対してなら、身体が勝手に動くほどシミュレーションを重ねてきた。だが、このままだと攻撃を受けるごとに腕の力ががれていく。早めに何か仕掛けなければ負けてしまうだろう。何か手がかりはないかとフォースが周りの状況をった瞬間、背にしていた森の右側にリディアが姿を現した。
 アルトスは目標を変え、リディアに向けて剣を振るった。薙ぎ払われた剣をフォースがギリギリで受け止めると、アルトスは反射的に短剣を抜いて反対側から斬りつける。フォースは身体をひねってリディアをい、その短剣をかわそうとしたが避けきれず、左上腕に細く赤い血の筋が走った。とたんに目の前がちらつきはじめ、全身を震えが襲う。
「きさま、毒を……」
 フォースは耐えられずに両膝を付いた。アルトスはその言葉に息をのみ、手の中の短剣に目をやった。刃先が薄青い液体で湿っている。
「これは?! まさか……」
 リディアを追っていたのだろう、ジェイストークとバックスも後から出てきた。その場の状況を目にしてアルトスと同様、凍り付いたように動きを止める。
 リディアは側の木を背にしてフォースを座らせた。袖をまくり上げ、傷口に口を付けて毒を吸い出し、地面に吐き捨てる。リディアの身体からあふれ出た虹色の光がフォースをも包み込んでいく。
「やめろ、口から毒が、入ったら……」
 フォースの力のない声に、リディアは泣き出したくなる気持ちを抑えつけた。
「お願い、しゃべらないで。じっとしてて」
 リディアはスカートを細長くき、傷の上部をきつく縛る。これ以上どうしていいか分からず、リディアは不安げにフォースの表情をのぞき込んだ。
「リディ……」
 フォースがリディアの頬に手を伸ばす。その手からどんどん力が抜けていき、リディアに触れることなく地面に落ちた。は閉じられ、浅く短い息を繰り返している。
「フォース、目を開けて。フォース……」
 返事のないフォースの半身を、リディアはそっと抱きしめた。我に返ったジェイストークがアルトスの肩プレートを引く。
「アルトス! 早くなんとかしないと死んでしまう!」
「私は毒など……」
「そんなことは分かっている。ドナに戻って手当を!」
 アルトスは正気を取り戻したようにジェイストークに視線を向けると、リディアの前にひざまずき頭を下げた。
「手当、ありがとうございます。この毒ならレイクス様の種族の解毒剤がドナにあります。一刻を争いますので」
 アルトスがリディアの腕の中からフォースを抱き上げようとするのを、バックスが割って入って引き留める。
「剣に毒を塗るような奴は信用できない」
 アルトスはバックスの言葉にしい顔を向けた。リディアはバックスの腕を引いて首を横に振って見せ、アルトスに向き直る。
「早く行ってください。必ず助けて」
 アルトスはその言葉を噛みしめるようにリディアに敬礼し、フォースを抱え上げた。
「失礼します」
 アルトスは、座り込んだままのリディアに改めて礼を向けると、馬を待たせてある道の方へと走り出していった。ジェイストークも後に続く。二人を見送った後、ナルエスはリディアの前にひざまずいた。
「とにかく、経過をお知らせするよう努力します」
 リディアがなんとかうなずいて見せると、ナルエスも敬礼を残し、ドナの方角へと姿を消した。
 リディアは、つい今までフォースが居た空間を見つめた。ふと光を反射する物が視界に入ってくる。そこにはフォースがいつも携帯していた短剣があった。鞘に手をかけてそっと拾い上げ、胸に抱きしめる。今まで息をするのを忘れていたかと思うほど、息がのどを通るのを感じ、息が抜けていった分だけ身体から力が抜けた。
「リディアさん」
 その声の方を向くと、バックスが手を差し出しているのが目に入ってくる。
「ヴァレスに、戻りましょう」
「私がこっちに逃げてこなければ……」
 リディアが眉をひそめたのを見て、バックスは首を横に振った。
「ジェイストークって奴に斬られるわけにはいかなかったでしょう?」
「でも、もしフォースが死んでしまったら。それくらいなら私が……」
 うつむいてしまったリディアに、バックスは笑顔を向ける。
「いいえ。あれでよかったんです。どっちにしても、今ここでリディアさんが斬られていたら、フォースがライザナルで上手くやっていけるわけがない。それにリディアさんが手当をしている時にシャイア様の光が見えていたのは、シャイア様もフォースを助けようとしてくださったに違いないです」
「光? シャイア様が?」
 リディアは顔を上げ、バックスをすがるように見つめた。
「ええ。だからきっと、フォースは大丈夫です」
 バックスが再び差し出した手を取り、リディアはゆっくり立ち上がった。頭がボーッとして重たい気がする。何も考えられない。いや、考えたくないだけだろうか。
 土を踏む音が聞こえてきた。バックスはリディアを後ろ手にい、剣のに手をかける。近づいてくるにつれ、その音が二人分の足音だと判断が付き、木々の間にその姿がチラチラと見え隠れする。
「アジルとブラッドだ」
 拍子抜けした声で言うと、バックスはリディアを振り返った。リディアも幾らかホッとしたように肩を落とす。姿を現したアジルの背中にティオが背負われているのを見て、リディアは側に駆け寄った。アジルがホッと安心したように息をつく。
「リディアさん、無事でよかった」
「アジルさんも。ティオも……。気が付いたら居なくなっていて」
 その様子を笑顔で見つめていたブラッドの元に、ファルが舞い降りた。ファルは首を巡らすとリディアの方へと近づいてくる。リディアはその場にぺたんと座り込み、ファルと向き合った。裂けたスカートから膝下がのぞいている。
「ファル、お願い。フォースを見守って欲しいの。側にいて、回復するように祈って欲しいの」
 リディアの言葉に歯を食いしばったバックスを見て、アジルとブラッドは眉を寄せて顔を見合わせる。
 ファルはバサバサと羽を震わすと、空中へ舞い上がった。ファルはリディアの言葉を理解したのか、上空で一度円を描くと、北西、ドナの村の方角へと飛び去っていった。