レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
4.静寂
ライザナルの使者と会い、形だけの情報交換を終えて、サーディはヴァレスの神殿に戻ってきた。
相変わらず、フォースは幽閉されていることになっている。使者もそれを信じて疑っていないことに、サーディは安堵していた。その間は塔の外に目を向けられることはないだろうし、危険度も少ないだろうからだ。
後はすべてフォースに任せるしかない。そう分かっていてもなお、心配な気持ちは収まらない。きっとフォースがシェイド神を解放したという知らせが来るまで、この状態が続くのだろう。
グレイは隣の席に座り、いつものように地下書庫にあった本を読み続けている。
その気持ちはサーディにもよく理解できた。とにかく何かしていないと、手持ち無沙汰でやり切れない。たぶんサーディが今本を読んでいる気持ちと同じ思いを持って、グレイも本を読んでいるのだとサーディは思った。
「グレイさん」
名を呼びつつ入ってきたのは、シスターのナシュアだ。顔を上げたグレイに歩み寄り、手にした書類を差し出す。
「受けてよろしいですよね?」
その紙に目をやると、グレイはチラッとだけサーディに視線を向け、ナシュアにうなずいて見せた。ナシュアはグレイに微笑みを返すと、礼を残してすぐにとって返し、廊下へと戻っていく。
グレイは何事もなかったかのように、本に視線を戻した。だが何かイライラしたように、たまに視線を寄こすのが、視界の隅に写った。どうしたのかと顔を上げ、グレイの方に首を回して見ると、グレイは大きくため息をついた。
「ナシュアさんが何を持ってきたのか、分かりそうなもんだけどな」
ナシュアは、何か書類を持ってきて了解を取って戻っていった。それだけで何か分かるはずがない。そう考えた時、ユリアの顔が脳裏に浮かんだ。思わず席を立つ。
「今なら講堂にいると思うぞ」
グレイはまた本に視線を戻し、静かな口調でそう言った。
走り出したい気持ちを抑えながら廊下に入り、サーディは講堂裏へと向かった。
ユリアがシスターになる届けを出したのだ。ナシュアがわざわざグレイに聞きに来たというのは、サーディが求婚していると知っていたからなのだろう。
受け入れてもらえなかった。最初からシスターになると言っていたのだから、それはたぶん当然のことだ。だから問題は、これから自分自身がどうするかなのだろうとサーディは思う。
あきらめるのか、それとも承諾してくれるまで求婚し続けるのか。だが、自分の地位で求婚を続けるのは、脅しにも似たものがあるに違いない。
想いが届かなくても、無理に従わせるようなことはしたくない。ユリアに本意ではない道を選ばせるくらいなら、キッパリ終わってしまった方がいいと思う。
講堂へ出るドアの前まできて、この先にいるはずのユリアを思った。届けを出したのなら、自分がここに来ることは想像がついているだろう。断る準備もできているということか。
深呼吸をして、サーディはドアを開けた。祈りを捧げているユリアが祭壇の前にいるだけで、他には誰もいない。話しをするにはちょうどいいと、サーディは思った。
後ろ手にドアを閉めた音で、ユリアが顔を上げた。少し引きつったような笑みを浮かべて立ち上がり、深々と頭を下げる。
「届け、出したんだって?」
自分でも意外だったが、なぜか笑みが浮かんだ。
「俺じゃ駄目だった、……、ってことだよね。フォースじゃなきゃ」
「いえ、いいえ、それだけは違います」
一度視線を合わせたユリアが、そう言って目を伏せる。
「最初は、リディアさんのようにすべてを受け入れていけたらって思っていましたけれど。今は自分なりに受け入れていけたらと思っています。無理がなくなったんです」
無理がなくなった。その言葉にサーディの胸で何かがゴトッと音を立てた。
「私が変われるか変われないかは、サーディ様とシャイア様、どちらを選んでも同じです。でも、サーディ様を選んだら、私はまた同じ事を繰り返してしまうかもしれません。シャイア様になら一つの希望だけで済むんです。私の理想はシャイア様の元にあるんです」
結局ユリアは何一つ変わっていない。でもむしろ、このユリアが自分の好きなユリアなのだ。そして、安心させてあげることができなかったのは、やはり自分に何か足りないからなのだろうとサーディは思った。
ユリアの視線がさらに下を向く。
「人を好きになる前に、私は自分を好きになりたいのかもしれません」
その言葉にハッとして、サーディはうつむいてしまったユリアを見つめた。
人の手を借りないと何もできない自分を好きにはなれない。サーディはずっとそう思ってきた。
自分の目になってくれるからと、父が見つけてきて教育を受けさせたフォースやグレイをはじめとする人たちも、すでに一人一人がしっかり役割を果たしている。だから騎士として、神官として存在してくれているのだと思っていた。
でも。もし彼らが何かしくじったとして、自分が持つ彼らの価値は下がるだろうか。それはキッパリ有り得ない。彼らは騎士だからではなく、神官だからでもなく、人として、友人として側にいてくれているのだ。
だとしたら。自分が彼らに返さなくてはならないのは皇帝の器を手に入れて見せることではない。一人の人間としての自分を示すことだったのだろう。
「分かるよ。俺たちには今、それが一番大切なんだ」
その言葉でユリアは弾かれたように頭を上げた。緊張していた表情がフワッと緩む。
人としてというのは、きっとユリアに対しても同じだ。まず自分が自分を認められるだけの努力を重ね、自分を好きになれない限りは、相手の重荷になってしまう。
いつだったかユリアは、他人に自分の半分を任せて他人を半分背負うのが怖いと言っていた。それが自分もうなずけたのは、できあがっていない、自信のない自分を半分預けなくてはならないからだろう。
「私……、サーディ様を愛せる女になりたかったです。そうしたらきっと女性として、とても幸せになれたのに」
ユリアがため息のように言った言葉に、サーディは自然に笑みをこぼした。
「そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう」
サーディはその笑みをユリアに向けると、講堂裏へのドアに手を掛けた。
「あの」
振り返るとユリアは、心配げに眉を寄せている。
「結婚式で使う布を、サーディ様がおっしゃった通りに注文したのですが。よろしかったのでしょうか」
「ああ、ありがとう。彼らの式には一緒に出席しよう。それくらいは承諾してくれるよね?」
その言葉に微笑んで、ユリアは、はい、と返事をした。
サーディはドアを開け、もと来た廊下へと入った。足は自然と廊下をたどり、グレイのいる居間兼食堂へと向かっている。
もしかしたら泣きたくなるんじゃないかと思っていたが、そうでもないようだ。それなりに寂しいと思うし、悲しくもあるが、救いようのない辛さとは違う。かといってスッキリしたというわけでもないのだが。
もうだめだというよりも、まだ駄目だったのだと思う。もしもこの先改めて出逢うようなことがあれば、また始められそうな気がする。実際ユリアはシスターになってしまうのだから、出逢うこと自体が有り得ないのも分かってはいるが。
部屋へ戻ったが、グレイは顔も上げずに本を読んでいる。没頭しているのか無視しているのか分からないが、サーディにはどっちでもよかった。サーディも何も言わないままグレイの隣席に戻り、本を手に取る。
「泣く?」
いきなり向けられた問いに、サーディは吹き出しかけた。そういう問いを掛けてくるということは、振られると分かっていたに違いない。
「泣くかよ」
「俺は泣きたかったけど」
本に目を落とし、表情を変えないまま言ったグレイの言葉に、サーディは苦笑した。
「何かお前のは、標準から離れすぎてるんだけど」
グレイが日頃から好きだと言っているのはシャイア神だ。神を相手にした恋愛など、自分には考えられないとサーディは思う。グレイは、視点の定まらない目を文面に向けたままでいる。
「でも、振られてるんだ」
「シャイア様がどうやったらグレイを振ることができるんだよ」
サーディの言葉に、グレイは地下を指差した。
「初めてそこを見つけた時、俺の目の前でフォースにキスしたんだ」
「あ。あの時のあれって」
言われてみれば、地下から出て来る前にフォースとグレイが、けしかけられているとか期待とか宣戦布告とか、なんだか妙な会話をしていた。
「そりゃ、身体はリディアなんだけど。俺の存在なんて無いのと同然だったんだ。俺は一般人だ、ただの信者なんだって言われた気がして」
シャイア神だから、誰に対しても同じ愛情を持ってくれる、グレイはそう思っていたに違いない。でも、戦士としてのフォースの存在が突出してしまったのだ、シャイア神が特別に思っても不思議はない。
「振られる、っていうか、俺は疎外されるのが怖かったのかもしれない。今思うと、だから相手がシャイア様だったんだ。でも、それでは駄目なんだって直々に教えられてしまった」
グレイは気を落ち着かせるためか、目を閉じて大きくため息をついた。
「泣く?」
思わず少し前に向けられた質問を、グレイにそのまま返す。グレイは視線をサーディに向けると、微笑みを浮かべた。
「まぁ、失恋仲間ができたからな。もしかしたらシャイア様が、少しは気に掛けてくださったのかもしれない。感謝します」
「感謝すんな!」
サーディは祈りの体勢を取ったグレイに向かって、声を大きくした。
「まったく。真面目に話してると思えばコレだ」
「いや、真面目だから。これでも」
満面の笑みを浮かべたグレイに、サーディは自然に笑みを返した。
***
馬車の中、進行方向に向かった席に、フォースはリディアと並んで座っていた。向かい側には、一番年上で立場的にも上なのだろう妖精が、腰を落ち着けている。ティオは御者台に、リーシャを含めた残り三人の妖精は上空を移動しているはずだ。
眠たそうにしていたリディアの頭が、肩のプレートにコツンとぶつかった。そのまま一度大きく息をつくと、身体を預けてくる。
フォースはその寝顔に見入った。リディアの安心しきった表情は、ほんの少し微笑んでいるようにも見える。規則的に聞こえる穏やかな寝息も、優しく気持ちを撫でていく。
リーシャの術にかかり、リディアを襲った。術で解放された熱情は元々あったのに、今はそれがひどく邪魔な感情としてフォースの中に残っている。
自分が何をしたのか、その感触さえも克明に思い出せてしまう。おかげで罪悪感や嫌悪感を押さえるため、必死に気持ちを落ち着けようと努力し続けなくてはならない。
何より安心できるのは、リディアの反応だった。何一つ責めることなく、すべてを許し、受け止めてくれているのだ。ただ守る対象だったリディアが、いつの間にかここまで強くなっている。
支えてくれている。二人で前を向ける。そんな今の状態が嬉しいとフォースは思う。
だが、リディアを本当に手に入れようと思ったら、やらなくてはならないことがひとつだけ残っている。それこそがシェイド神の解放だ。
フォースを釣るためのエサのようにリディアを使ったシャイア神のやり方は、フォースにとってはひどく腹が立つ行為だった。だが今は、フォース自身でさえ間違いだと言い切れなくなってしまっている。
間違っていようがいなかろうが、ここまできたら後はやるしかないのだとフォースは思う。
馬車の中に少しずつ日がさしてきた。この日が落ちる前には、マクラーンに着くだろう。その前に少しでも休まなくてはとフォースは思っていた。だが、道の側に家が少しずつ見えてきたことで、高まってくる緊張感をもてあましていた。
向かい側に座る妖精が、窓の外に視線を向けた。そこに若い妖精が一人顔をのぞかせる。
「空から召喚された妖精を見ていますと、だいたいですが出現地点の見当が付きました。城の側なのですが、出入り口か何かあると思われます」
「では、私たちはそこから術の根源をたどろう」
はい、と返事をして、若い妖精は言葉をつなぐ。
「街の中も、あまり人通りはありません。このまま馬車で入っても、特に支障は無さそうです」
馬車の妖精がうなずいたのを見て、若い妖精は上空へと姿を消した。
「出現地点近辺までは、ご一緒させていただきます。たぶん目指す場所はそう変わらないはずです。そこでまた会いましょう」
フォースは妖精に視線を向けられ、同意の意味を込めてうなずいて見せる。
ひとくちに街と言っても、マクラーンは広い。城の入り口まで馬車でも四半日はかかる。最悪徒歩を考えていたが、馬車で行けるに越したことはない。
街道から続く公道をまっすぐ進むと、神殿を三つ越えなくてはならない。だが、徒歩で越えるよりははるかに安全だし、召喚された妖精が出てきたとしても、ある程度は振り切ることができる。
そしてフォースにとって、妖精の存在が心強かった。目的は微妙に違うが、城の側までは一緒に行動できる。少なくともそこに着くまでは、召喚された妖精がいても、一人ですべて相手にする必要がないのだ。
「召喚されてしまった仲間に、術が効かないのは辛いな」
正面に座っている妖精がつぶやく。
「召喚された数だけ、斬らねばならない」
その言葉に、フォースは何も返せなかった。
森で自分を守ってくれている時、出てきた妖精に術を無効にする術を向けてはみたが、無駄だったと言っていた。召喚が終わってしまうと、この世界で生きものとして成り立ってしまうのだから、既に術の範囲を超えている。当たり前といえば当たり前なのかもしれない。
妖精は長寿であるだけに、ほとんどすべての仲間を把握している。誰もが知り合いなのだから、誰が召喚されていても辛い思いをしてしまうだろう。
現在は召喚される前の意識もなく、身体も完全ではないのだが、どうしても召喚前の姿を思い浮かべてしまうに違いない。できる限り自分でなんとかしなければとフォースは思う。妖精がその思考を読んだのか、苦笑を向けてきた。
「あなたは影を斬ることのみに集中してください。私たちの恨みまで、背負う必要はない」
恨みという言葉で、母の顔が目に浮かんだ。強くなりなさい、誰も恨んではいけない。母が最後に残した言葉が蘇ってくる。妖精は静かな調子で言葉を続けた。
「彼には、すべてが終わってからも手は出しません。シェイド神が解放されれば、元の人格も戻るでしょうし。身体は生きていても、影の精神は滅ぶ。恨む必要もないはずです」
フォースはうなずくと瞳を閉じた。気を落ち着かせるように大きく息をつく。
マクヴァルの皮膚を、ただ傷付ければいいと知って安堵した。だが、斬るのは皮膚ではない、マクヴァルなのだ。決して気を抜くわけにはいかない。
妖精と会話したことで高揚感は収まり、いくらかの緊張だけが残っている。
「じきマクラーンに入ります。少しでもお休みになるといい」
妖精の言葉に、眠れないまでも目を閉じたまま、気持ちを落ち着けていようとフォースは思った。
***
「これでよろしいのですね?」
石壁に乾いた声が響く。薄汚れた服の石職人の声に、マクヴァルは大きくうなずいて見せた。
「ええ。よくぞここまで美しく仕上げてくださった」
その言葉に石職人が安堵のため息をついた。マクヴァルが振り返って見た台の上に、黒曜石でできた鏡と短剣が置いてある。
鏡面はろうそくの明かりを美しく映して光り輝き、短剣は手触りや重さまでもが前に持っていた物と寸分違わない仕上がりだ。
ただ、まだ呪術を使った念を込めていない。それさえ終われば、また元のように遠見もできるし、鏡に魂を閉じこめることもできる。
フォースが何をしようと、すべて手に取るように把握できるのだ。そして、シャイア神の場所も分かるため、国を使わずとも拉致に向けて動くことができる。
「これを一体何に使われるのです?」
石職人の問いに、マクヴァルは笑みを向けた。
「部屋の装飾ですよ。仕事柄か、黒が好きでしてな。黒い鏡など、他にはありませんもので」
その答えに石職人は納得したようにうなずいている。
「まさかマクヴァル様が呪術に使われるようなことはないと思ってはいましたが。そうですか。色でしたか」
そのいくらか安堵の見える表情に背を向け、マクヴァルは冷たく眼を細めた。
「あの、それではマクヴァル様、お代を」
石職人に、ああ、と声を掛け、マクヴァルは鏡の脇に置いてあった袋を手に取った。
「これでよろしいかな?」
袋を手渡された石職人は、中をのぞいて目を丸くした。
「こ、これは! こんなに大きなモノを!」
思わず手のひらに乗せたそれは、真っ白な球体で虹色の光を放っている。相当な高値で売れるはずだが、マクヴァルの手元には掃いて捨てるほどの数があった。
「決められた現金の方がよろしかったか」
申し訳なさそうに言ったマクヴァルに、石職人は慌てて手を振って見せ、袋に妖精の眼球を戻す。
「い、いえ、とんでもありません。それでは、私はこれで」
石職人は急ぎ、しかしていねいにお辞儀をすると、地下神殿へと続くドアに足を踏み出した。
「あ、こちらからどうぞ。街へはずっと近道です。脇道がありませんし、まっすぐですから迷いませんし」
マクヴァルは石職人を引き留めると、ドアと反対側にある隙間を指し示し、小さなランプに火を入れて石職人に手渡す。石職人は頭を低くしてランプを受け取った。
「助かります。では」
鏡の代金に妖精の眼球を寄越したマクヴァルの気持ちが変わる前にと思ったのだろう、石職人はサッサと示された石壁の隙間に入っていった。
ランプの明かりが見えなくなるまで目で追ってから、マクヴァルは部屋の中央、石の床にある円形の図柄の側に立ち、両手を差し伸べる。
「逃げ切れれば外に出られる」
冷笑を浮かべると、マクヴァルは口から風の音を紡ぎ出しはじめた。召喚の呪術だ。
すぐに円の中央から黒い物体がせり上がってきた。四肢の揃った形になると、マクヴァルの声なき声に耳を傾ける。その召喚された妖精は首を巡らせると、石職人の後を追って石壁の隙間へと消えた。
マクヴァルは召喚の術の完成度が上がっていることに笑みを漏らした。最初の頃から比べると、妖精の知能や運動能力が格段に上がっている。嫌な匂いすらもずいぶん減っていた。間違っても石職人に追いつけないことはないだろう。
空気のような笑い声を発すると、マクヴァルは黒鏡と向き合った。すぐにでも呪術を使って念を込めなくてはならない。そうして初めて呪術の道具として力を発揮するのだ。
「最初の一人は戦士、レイクスに入ってもらわねばな」
笑みを浮かべた口でそう言うと、呪術の本を開いて長い呪文の冒頭を探し出す。風の言語を発することにもだいぶ慣れてきた。今なら鏡を作り直すこともできるはずだ。
まさに呪文を口にしようとしたその時、石職人の叫び声、そして何か壁にぶつけたような鈍い音が聞こえてきた。
マクヴァルは壁の隙間に目をやり、他に何か聞こえてこないかと耳を澄ませた。だが、一撃で殺害したのか、妖精が外へと向かって歩いていく音だけが、かすかに響いてくる。
何事もなかったかのように、マクヴァルは黒鏡に視線を戻した。
鏡を作り終えるまでは、けっこうな時間がかかる。マクヴァルは集中し、気を落ち着かせるように一度深い息をすると、口から呪文である風の音を発し始めた。
その風の音は外に漏れることもなく、黒い鏡面に吸い込まれていった。