大切な人

     ― 事情 ―

 愛情の感じ方って、いろいろあるんだね。どんなって、ズバッグサッってのと、ジワッホワッってのだよ。ねぇ、どっちが好き?
 俺はまだ179歳だからたくさんは知らないけどさ、心の中を見ることができるから、この2通りだけは知ってるんだ。
 俺はティオっていって、スプリガンっていう種類の妖精なんだ。それは前に守っていたフレアっていうドリアードが教えてくれたんだけど、死んじゃってもう居ないから、新しくリディアを守ることにして、今はいつもリディアの側に居る。スプリガンは、宝物とか妖精を守るガーディアンとして生きるのが一般的だからね。
 リディアはとても優しいんだ。俺が何か聞くと、フレアは俺にそのうち分かると言うだけだったけれど、リディアは言葉で一生懸命教えてくれる。それにリディアは、人間だけど凄く綺麗なんだ。琥珀色のサラサラした髪とか、柔和なブラウンの目とか。うん、シャイア様が気に入るのも仕方がないよ。
 え? 俺を見たことがない? 知らないって? そりゃ、普段はこうして目立たないようにソファーで寝ているからさ。特別なことがない限り、リディアはフォースに任せておいても大丈夫だしね。
 今だってほら、一緒にお茶を飲みながら話しをしているだろ。でも、別々なことをしていても、たいていはお互いの視線の中に居るんだ。心配は要らない。フォースが手に持ってるオレンジ、美味そうだな。
 俺が初めてガーディアンになったのは、美味しそうな香りにつられて入り込んだ城の中庭だった。そこにある大きな木のところでフレアに会ったんだ。その木と一緒に生きている妖精で、その頃は一人で暮らしてた。そう、男を誘惑して拉致すると人間に言われている、ドリアードっていう妖精さ。
 俺が一緒に居るようになって50年くらいって、フレアは一人の人間に恋をしたんだ。そいつは中位の騎士で、名前をミューアっていった。
 フレアは、ドリアードとしてではなく、人間みたいにミューアを愛してた。ドリアードのキスで心の中を全部すくい取って飲み込んでしまえば、ミューアがフレアのモノになるのにそうしなかったんだ。ミューアもフレアがドリアードだって知っていたけど、全然怖がったりしないで、人間の恋人を愛するのと同じようにフレアを愛してた。
 恋人になって、何回も木の所で会って、ある日フレアはミューアに私を愛しているかって聞いたんだ。でも、ミューアは答えられなかった。フレアの身体はほとんど歳をとらないけど、ミューアは何十年かの短い間に老いて死んでしまうのが分かっていたから。フレアを真剣に大切に考えていて、とても愛しているから、愛しているって言えなかったんだ。だって、ミューアだけ老いていくのを見るのって、で、死んでしまうのを見るのって、フレアには辛いことでしょう?
 俺にはよく見えたんだけど、フレアには悲しいことだったみたい。想う気持ちも、そんな小さなことからトゲになってしまうこともあるんだね。それからはフレアもミューアも、お互いにちょっとしたことで傷つき、傷つけてた。
 そんなことを重ねて、とうとうフレアはミューアにドリアードのキスをしたんだ。ミューアはとても驚いたみたいだったけど、抵抗しなかった。最後に、これでフレアが死んでしまうまで身体だけは一緒にいられるんだねって笑ったんだ。
 それが愛情だってのは分かるんだ。でも、胸に刺さったら痛いんだよ。ミューアの愛情は、フレアの胸からずっと抜けなかった。ミューアの身体を抱きしめて、これはミューアだけどミューアじゃないって泣いてた。
 時が経って木が死ぬと、ドリアードも死んでしまう。フレアの木の死期が近づいてきて、フレアがとても怖がっていた頃、フレアはたくさんの騎士にドリアードのキスをして、自分の側に置いたんだ。俺が守ってあげるからと言っても、寂しかったのかな、フレアは聞いてくれなかった。
 その5人目がフォースだったんだ。でも、ドリアードのキスは途中で拒否されて、魔法は半端にしかかからなかった。
 フレアはムキになってフォースを引き込もうとした。でも、フォースはなかなか木の領域に入って来ないから、近づくこともできなかった。だから結局じっと待っていたんだけど。
 そうして見ているうちに、フレアはフォースがミューアと同じ思いを持っていることに気付いたみたい。フォースのも最初はリディアにとって痛い愛情だったんだ。ミューアがフレアを好きだったみたいに、フォースはリディアのことだけを考えてた。リディアさえよければ、フォース自身は死んでもいいって思ってたんだ。フォースが命がけで守っても、リディアにはそれが痛くて重たかった。
 同じだと気付いてしまったからかな。フォースとリディアがバルコニーから落ちた時、フレアは残りの命と引き替えに、二人を救ったんだ。
 命と引き替えに救われたことを知って、フォースは凄くショックを受けてたよ。でもそれで、もしリディアを助けてフォースが死んでしまったら、リディアがどれだけ辛い思いをするか、考えることができたみたい。それからフォースはちょっとずつ変わっていった。
 一番大きく変わったのは、リディアの瞳に映るフォース自身を見ることができるようになったことかな。リディアのことを考えて、フォースは自分とも向き合うようになったんだ。
 自分の気持ちも大事にしなきゃいけないよね。だって、そこで我慢したり嘘を付いたりしたら、その愛情は絶対本物にはならないだろ? そうしたらそれ以上はどうやったって進まないんだ。
 フォースは自分を知って、どんどん素直になって、考えていることと言葉が同じになってきた。そうしたらね、リディアから痛いとか重いとかっていう感覚も消えてきたんだ。
 フォースは、リディアが好きになってくれる自分だから、自分のことも好きでいられると思ってる。傲慢かもしれないけどって。でね、そうやって考えすぎると苦しくなるけど、そこで後悔はしたくないみたい。やれるだけ苦しさに逆らって、もがいて、じたばたして。で、戻ってきた時には、また何かフォースがちょっとだけいい方に変わっている気がする。リディアを好きになったから、フォースはそうやって強くなってるんだ。
 出会いなんて偶然だし、凄く小さなただのきっかけだけど、フォースにとってリディアに会ったことは必然だったのかもしれない。人間がよく言う運命ってヤツ? そう、もしかしたらシャイア様が引き合わせたのかもしれないよ。シャイア様にとってフォースの存在は、とっても意味があるんだ。当然フォースもリディアも、そんなことは知らないんだけど。
 ほら見て。キスだって変わったよ。最初は胸が痛くなるようなキスだったけど、それからドキドキするキスになって、今はキスをしたら両方の気持ちが穏やかになってく。
 フォースとリディアがキスするのを見てるのって好きなんだ。だって、キスしたあとのリディアって、人間なのに壮絶に綺麗だろ? 頬がほんのり上気して、とっても優しい微笑みでフォースと見つめ合ってる。
 でも、あんまりジーッと見てたらフォースに怒られるんだ。あ、ほら、オレンジが飛んできた。食べ物投げるなって言ったのはフォースじゃないか。リディアのそんなところまで独り占めしなくたっていいと思うんだけど。ねぇ。
 あ、このオレンジ美味しいや。皮ごと食うなとかフォースがあっちでゴチャゴチャ言ってるけど無視無視。オレンジはこうやって食うのが美味いんだ。やってみる?
 そうそう、知ってる? オレンジにも2種類あるんだよ。酸っぱいのと甘いの。ねぇ、どっちが好き?



普段と何ら変わりありませんが、これが2周年記念ってことで。よろしくデス。
いつも来てくださって、ありがとうございます。m(_ _)m